マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

民主主義の社会における「変」と「乱」――

 日本史の愛好家たちの間で、しばしば議論の対象となる、

 ――「変」と「乱」との違い

 について――

 3日前の『道草日記』で、

 ――争いの規模が大きければ「変」であり、小さければ「乱」である。

 と述べました。

 

 争いは、一般に、

 ――小さければ小さいほどによい。

 と、みなされますよね。

 

 とくに権威主義の社会では――

 争いの規模は、その争いに巻き込まれて殺される者の数に、ほぼ比例をすると考えられます。

 

 よって――

 少なくとも権威主義の社会では、

 ――乱

 よりも、

 ――変

 のほうが好まれるでしょう。

 

 そのほうが犠牲者が少なくて済むのですから――

 当然です。

 

 が――

 民主主義の社会では――

 状況は異なります。

 

 民主主義の社会では――

 争いに巻き込まれて殺される者は、少なくとも建前としては、皆無です。

 

 よって――

 争いは、必ずしも、

 ――小さければ小さいほどによい。

 とは、みなされません。

 

 むしろ、

 ――公衆の面前で、堂々と大々的に争うのがよい。

 と、みなされるのです。

 

 なぜか――

 

 ――選挙

 という政治制度があるからです。

 

 民主主義の社会では――

 政権は、基本的には、

 ――選挙

 によって変わるとされています。

 

 ――選挙

 を避け、主な関係者だけが密室に集まって協議をし、政権を変えるようなことは――

 むしろ、

 ――密議

 とみなされ、忌避をされるのです。

 

 民主主義の社会では、

 ――選挙

 は、

 ――乱

 にあたり、

 ――密議

 は、

 ――変

 にあたります。

 

 つまり――

 権威主義の社会では、

 ――乱

 よりも、

 ――変

 が好まれるのに対し――

 民主主義の社会では、

 ――変

 よりも、

 ――乱

 が好まれる――

 ということです。

変を「乱」と呼ぶこともあった

 ――変を「乱」と呼ぶことはない。

 ということを、きのうの『道草日記』で述べてから――

 

 (あ、一つだけあった!)

 と思い当たりました。

 

 江戸前期に起きた、

 ――由井(ゆい)正雪(しょうせつ)の乱

 です。

 

 ――由井正雪の乱

 は、軍(ぐん)学者・由井正雪徳川幕府の転覆を図ったとされる事件です。

 軍学者というのは、主に江戸期に用兵や築城の技術について研究をしていた学者のことを指します。

 

 由井正雪は、軍学者として優れていたらしく――

 徳川幕府を始め、各地の大名家から、たびたび仕官の誘いを受けていたそうです。

 

 が――

 当時の徳川幕府の政策――武力による威嚇を背景に各地の大名家を従わせていく政治手法――に反発をし、いずれの仕官の誘いも断ったといいます。

 

 そうした態度が共感を得て――

 由井正雪の私塾には、徳川幕府によって職を失った浪人の武士たちが集まってきたといいます。

 

 彼らの不平不満を吸い上げる形で――

 由井正雪徳川幕府の転覆を図るのです。

 

 由井正雪らは、江戸と京との二手に分かれ――

 江戸では、徳川幕府の本拠地である江戸城を焼き討ちにし、慌てて登城をしてくるはずの幕府要人らを鉄砲で撃ち殺し、まだ幼かった四代将軍・家綱を人質にとる――

 京では、御所に忍び入って、密かに天皇を拐(かどわか)し、朝廷の権威を活かし、徳川幕府に代わって全国各地の諸大名に号令をかける――

 という計画であったようです。

 

 あまりにも気宇壮大な計画なので――

 当然ながら、成就をするわけがなく――

 計画は未然に防がれました。

 

由井正雪っていうのは、本当に優れた軍学者だったんかなぁ)

 などと、僕は思うのですが――

 

 この、

 ――由井正雪の乱

 で殺害をされた者は、多く見積もっても数十名です。

 

 よって、

 ――由井正雪の乱

 ではなく、

 ――由井正雪の変

 と呼ぶのが妥当のように思われます。

 

 事実、

 ――慶安の変

 という当時の元号を活かした別名があり――

 むしろ、そちらが主流の呼び方なのです。

 

 では――

 なぜ、

 ――由井正雪の乱

 の呼び方もあるのかといえば――

 

 それは――

 おそらく、由井正雪らの立てた計画の気宇壮大さを肯定的にみた人たちがいたからです。

 

 もし、由井正雪らの計画が半分でも成功をしていたら――

 たしかに、日本列島はハチの巣をつついたような大騒ぎになっていたでしょう。

 

 そうなれば――

 殺害をされる者も多く出て、

 ――乱

 と呼ぶのが極めて自然な事態になっていたに違いありません。

変を「乱」と呼ぶことはない

 ――あきらかに乱であっても、あえて「変」と呼ぶ。

 ということが、ときにあったようである――

 ということを――

 きのうの『道草日記』で述べました。

 

 面白いのは、

 ――あきらかに変であっても、あえて「乱」と呼ぶ。

 ということは、おそらくは、

 (一例もない)

 ということです。

 

 ……

 

 ……

 

 いいえ――

 

 もしかしたら――

 そういう例も、ないことはないのかもしれませんが――

 

 少なくとも僕は――

 ちょっと思い当たりません。

 

 ……

 

 ……

 

 ひょっとすると――

 そのような例として――

 江戸後期に起きた、

 ――大塩(おおしお)平八郎(へいはちろう)の乱

 を思い浮かべる向きが、あるかもしれません。

 

 ――大塩平八郎の乱

 というのは――

 大坂町奉行の与力(職員の一種)であった学者・大塩平八郎が、大坂の市街で起こした騒乱です。

 

 門弟らを率い、大坂町奉行らの不正や汚職を糺したり、暴利を貪っているとみた豪商らを襲ったりする画を立てていたところ――

 門弟らの一部が裏切って奉行所に密告をしたために、やむをえず、“見切り発車”的に自らの屋敷に火を放ち、門弟らを率いて、ひとまず豪商らを襲った――

 という騒乱でした。

 

 大塩平八郎の乱では、戦闘で殺された者の数は、わずかに十数名程度です。

 

 よって――

 一昨日や昨日の『道草日記』で述べた基準に照らせば――

 あきらかに、

 ――大塩平八郎の変

 と呼ぶのが、ふさわしいのですが――

 

 実は――

 この乱で生じた火災が尋常ではない規模であったのですね。

 

 大坂の市街の5分の1が消失をし――

 それに伴う焼死者は数百名程度にまでのぼったといわれています。

 

 よって、

 ――大塩平八郎の変

 ではなく、

 ――大塩平八郎の乱

 と呼ぶのが妥当である――

 といえるのです。

乱であっても「変」と呼ぶ

 ――変

 と、

 ――乱

 とについて――

 きのうの『道草日記』で述べました。

 

 ――変

 と、

 ――乱

 との違いについては――

 きのうの『道草日記』でも触れた通り、しばしば日本史の愛好家たちの間で議論の対象となるのですが――

 

 僕個人は――

 そうした議論に特に関心をもってはきませんでした。

 

 (要は、争いの規模の問題でしょう?)

 と思っていたからです。

 

 争いの規模が小さければ、

 ――変

 で――

 争いの規模が大きければ、

 ――乱

 です。

 

 ただし――

 一口に、

 ――争いの規模

 といっても――

 その意味は、かなり不明瞭ですから――

 いくらかでも、それを明瞭にするために、

 ――殺された者の数

 を挙げたのです。

 

 つまり――

 その争いにおいて――

 数名から数百名が殺されていれば、

 ――変

 で――

 数百名から数万名が殺されていれば、

 ――乱

 である――

 というわけです。

 

 ちなみに――

 学術的には、

 ――「変」と「乱」との違いを論じるのは不毛である。

 との見解が主流のようです。

 

 ――変

 も、

 ――乱

 も――

 それらの言葉を使う者の主観に基づいているにすぎない――

 というのです。

 

 極論をいえば――

 ふつうは、

 ――乱

 とみなされることであっても――

 それを、あえて、

 ――変

 と呼ぶ――

 というようなことは、いくらでもあったでしょう。

 

 その典型例が、

 ――承久の乱

 です。

 

 ――承久の乱

 については――

 2017年11月10日の『道草日記』などで述べました。

 

 この乱は、実際には、天下を二分にした大戦(おおいくさ)であったにも関わらず――

 その政変性が重くみられ――

 昭和前期までは、

 ――承久の変

 と呼ばれていました。

 

 このような典型例があるので、

 ――「変」と「乱」との違いを論じるのは、少なくとも学術的には、それほど面白くない。

 と、みなされているようです。

変と乱と

 フランス語の「coup d'État」を日本語で表すと、

 ――変

 ではないか――

 ということを、きのうの『道草日記』で述べました。

 

 もちろん、

 ――変

 の一字だと、「奇妙な」という意味の「変」と紛らわしくなりますから――

 例えば、

 ――事変

 とか、

 ――政変

 とかというふうに――

 他の字と組み合わせるほうがよいとは思います。

 

 が――

 本質的には、フランス語の「coup d'État」は、日本語では、

 ――変

 の一字で表しうる――

 そのように、僕は述べたいのです。

 

 ここで注意をしたいことは、

 ――変

 は、

 ――乱

 ではないということです。

 

 つまり――

 フランス語の「coup d'État」は、

 ――戦乱

 や、

 ――擾乱

 ではない――

 

 ――変

 と、

 ――乱

 との違いは何か――

 ということが、しばしば日本史の愛好家の間で議論の対象になりますが――

 

 簡単にいってしまうと、

 ――変

 では殺される人が少なく、

 ――乱

 では殺される人が多い――

 となります。

 

 殺害者数は、

 ――変

 では、数名から数百名程度であるのに対し、

 ――乱

 では、どんなに少なくとも数百名程度――ふつうは数千名程度であり――場合によっては、数万名程度にもなりえます。

 

 先月の『道草日記』で、

 ――大化の改新明治維新もクーデターから始まった。

 ということを繰り返し述べましたが――

 

 ――クーデター

 が、

 ――変

 であり――

 その殺害者数が、

 ――乱

 に比べて有意に少ないことを考えると――

 

 (大化の改新明治維新も、そんなに悪くない始まり方だった)

 ということはできるでしょう。

日本語の「クーデター」を考える

 日本語の「クーデター」という言葉について――

 ちょっと考えてみたくなりました。

 

 以下に――

 僕の考えを記します。

 

 ――クーデター

 という日本語は、「coup d'État」というフランス語に由来をしています。

 

 しばしば、「coup d'État」の直訳として、

 ――国家への一撃

 が挙げられます。

 

 ここでいう「国家」とは「État」の直訳で、「一撃」とは「coup」の直訳です。

 また、「国家への一撃」の「……への……」の部分は、「coup d'État」の「d’」の部分を受けています。

 

 僕は、フランス語については、ほとんど何も知らないのですが――

 それでも、あえて説明を試みますと――

 この「coup d'État」の「d'」の部分は、フランス語の前置詞「de」の語尾音省略形と呼ばれているものだそうです。

 

 フランス語では、「de」が母音で始まる名詞や無音の「h」で始まる名詞の前に置かれるときには――

 それら母音や無音の「h」に「de」が結合をし、「d'」と変形をするのだそうです。

 

 ところが――

 フランス語の前置詞「de」は英語の前置詞「of」と似た働きをしています。

 

 よって――

 本来ならば、「coup d'État」の直訳は、

 ――国家への一撃

 ではなく、

 ――国家の一撃

 と、なるはずです。

 

 が――

 それでは、日本語の「クーデター」の意味と少しズレてしまいますので、

 ――国家への一撃

 と直訳をされるようです。

 

 ……

 

 ……

 

 僕は、

 (そもそも、日本語の「一撃」をフランス語の「coup」にあてること自体が、おかしいんじゃないか)

 と思っています。

 

 フランス語の「coup」には、実に様々な意味があるそうです。

 

 それら意味のうち、

 ――すばやい動き、変化

 というものがあって――

 それこそが、「coup d'État」の「coup」ではないか――

 そう考えています。

 

 ちなみに――

 この「すばやい動き、変化」という意味での「coup」に対し、適切な日本語をあてるとしたら、どんな言葉がよいでしょうか。

 

 僕は、

 ――変

 が最も適切であると感じます。

 

 ――変

 というのは――

 1月27日の『道草日記』で触れた、

 ――乙巳(いっし)の変

 の「変」です。

 

 つまり――

 フランス語の「coup d'État」に日本語をあてるとしたら、

 ――国家の変

 が、よいのではないか――

 

 そういうことです。

 

 というよりも――

 

 日本語で、

 ――変

 といえば――

 ふつうは国家の「変」をさします。

 

 なので――

 実は、「coup d'État」の訳語は、

 (「変」一字で十分なんじゃないか)

 と――

 そう思っています。

ミャンマーの全土で内戦が激化していかないか

 ミャンマーのクーデターのことは――

 背景があまりにも複雑かつ深刻な社会的危機なので――

 これ以上『道草日記』で触れても、得るものは少なそうだと感じています。

 

 きのう――

 福島沖の地震に触れたことで――

 社会的危機の考察の“合わせ鏡”の側面に改めて気づかされたこともあり――

 

 もう、ミャンマーのクーデターのことを『道草日記』で触れるのは、やめようと思うのですが――

 

 ……

 

 ……

 

 ミャンマーのクーデターのことで――

 今、僕が最も気がかりなのは、

(今後、ミャンマーの全土で内戦が激化していかないか)

 ということです。

 

 ちょうど2010年代初頭の、

 ――アラブの春

 を契機として、中東のシリアなどが血で血を洗う悲惨な内戦状態に陥ったように――

 

 ……

 

 ……

 

 僕は、

(少なくとも権威主義よりは民主主義のほうが優れた政治体制である)

 と固く信じています。

 

 その信念に照らせば――

 今回のミャンマー国軍のクーデターは、ちょっと権威主義に寄りかかりすぎていて――

 それが、悲しいし、悍(おぞ)ましい――

 

 ですから――

 クーデターに反対をしているミャンマーの人々に声援を送りたい気持ちは十分にあるつもりなのです。

 

 が――

 そのために――

 もし、今後、ミャンマーの全土で内戦が激化するとしたら――

 そちらの方が、もっと、ずっと悲しいし、悍ましい――

 

 ……

 

 ……

 

 戦争は、内戦も含め、結局は、何かを壊すだけで、何も生み出しはしない、と――

 僕は思っています。

 

 毎日、おびただしい数の人々の血が流れ続けるというのは――

 やはり、どう考えても、好ましいことではない――

 

 たとえ、それが民主主義を追い求める過程であったとしても――

 

 ……

 

 ……

 

 血を血で洗う民主主義ならば――

 血を血で洗わない権威主義のほうが、いくらかマシである、と――

 僕は信じています。

クーデターのような社会的危機で気をつけたいこと

 大きな地震の揺れを感じました。

 2011年3月11日の東日本大震災を思い出しました。

 

 幸い僕のプライベートの近辺では被害は出ていません。

 

 が――

 揺れが強く、長かったので――

 どこかで深刻な被害が出ている可能性は低くないと感じます。

 

 この懸念が、

 (的外れであればよいな)

 と思います。

 

 ……

 

 ……

 

 今月に入って――

 この『道草日記』では、ずっとミャンマーのクーデターに関心をもってきました。

 

 クーデターのような事態は、

 ――社会的危機

 です。

 

 一方――

 地震や疫病などは、

 ――自然的危機

 ですよね。

 

 社会的危機と自然的危機とでは――

 感じること、考えることが、

 (ずいぶん変わってくるな)

 ということに――

 あらためて気づかされました。

 

 社会的危機では、誰かの心理が背景にあります。

 

 その「誰か」が個人か集団かの違いはありますが――

 いずれにせよ、特定の誰かが、何を感じ、何を考えたかということが、決定的な意味をもちます。

 

 自然的危機では、誰かの心理は無縁です。

 

 自分以外の誰かが何を感じ、何を考えたかということは、少なくとも直接的には、何ら意味をもちません。

 

 先ほど、実際に大きな地震の揺れにさらされて思ったことは――

 自然的危機に関しては、自分が何を感じ、何を考えるかが大切である、ということです。

 

 これは――

 10年前に東日本大震災に遭ったときにも強く思ったことでした。

 

 一方――

 社会的危機に関しては、誰が何を感じ、何を考えたかについて、自分が何を感じ、何を考えるかが大切になってきます。

 

 いわば、他者の心を自己の心で映すような考察が必要になってくる――それは、合わせ鏡のようなことです。

 

 鏡を鏡に映すと、無限遠が広がるように感じますよね。

 実際には、ごく浅いところしかみていないのに、何だか、ずいぶん奥深いところまでみているかのような錯覚を覚える――

 

 (気をつけなければいけない)

 と感じました。

ミャンマーのクーデターの背景には個人的な確執があったらしい

 クーデターが起こったミャンマーの情勢は、日を追うごとに混迷を深めていきますね。

 とくにミャンマーの人々は、国内にいる人も国外にいる人も、ほぼ一様に怒っているようです。

 

 国軍の総司令官であるミンアウンフラインさんが、

 ――今回の国軍による政権の樹立は、あくまでも憲法に則ったことであり、非常事態の期間が過ぎれば、すみやかに公正な総選挙を行い、そこで勝利を収めた政党に政権を譲る。

 と言明をしているにも関わらず――

 ミャンマーの人々は、ほぼ一様に怒っている――

 

 ……

 

 ……

 

 おそらく――

 ミンアウンフライさんの言明が信じられないのでしょう。

 

 が――

 僕個人は――

 民主主義が脅かされていると警戒心を強めるミャンマーの人々には完全に同意をするものの――

 ミンアウンフライさんの言明を、

 (もう少し、信じていたい)

 と思っています。

 

 なぜか――

 

 ……

 

 ……

 

 ――今回のクーデターの背景には、国軍の総司令官であるミンアウンフラインさんと事実上の政権の首班であったアウンサンスーチーさんとの間の個人的な確執があったのではないか。

 との指摘が――

 識者によってなされています。

 

 ミンアウンフライさんは、国軍の組織内部では、元来、穏当な民主派であり、民主主義の政治の良さに理解を示していたところ――

 アウンサンスーチーさんが、憲法で規定はされていない役職――「国家顧問」という名の役職――に就くことによって事実上の政権の首班となったことには、強く反対をしていたのだそうです。

 

 ミャンマー憲法では、配偶者や子が外国籍の場合には、政権の首班――国家元首――にはなれないと定められています。

 アウンサンスーチーさんは、亡くなった旦那さんが外国籍であり、その旦那さんとの間に生まれたお子さんも外国籍であるそうですから、憲法の規定によって、政権の首班にはなれないはずでした。

 

 それなのに、

 ――国家顧問

 という新奇の役職を設け、政権の首班の座に収まってしまった――

 そのことが、ミンアウンフライさんには、どうしても許せなかったのではないか、との見方があるのだそうです。

 

 ……

 

 ……

 

 もちろん――

 真偽はわかりません。

 

 が――

 憲法の規定にない役職を設けて政権の首班の座に収まるというのは、ある意味、クーデターに準じるような、

 ――ズル

 ですから――

 今回、ミンアウンフライさんが、

 ――「クーデター」という名のズル

 に踏み切ったとしても、多少の整合性は感じられます。

 

 加えて――

 

 国軍側が、

 ――去年の総選挙で不正があった。

 と主張をしていて――

 その調査を、政権側が頑なに拒み続けたらしいことも――

 クーデターが起こった一因とみられているようです。

 

 ミャンマーの選挙管理体制は、まだ十分には成熟をしていなくて――

 例えば、有権者の登録にも怪しい点が多々あるのだそうです。

 

 よって、

 ――総選挙で不正があった。

 との主張を即座に退けることは、少なくとも理屈の上では、ちょっと難しい――

 

 ――調査くらいしてもよいではないか。

 との不満が、ミンアウンフライさんの思いの根底にはあったのでしょう。

 

 2人の確執は――

 水面下で――

 抜き差しならぬところまで達していたに違いありません。

ミャンマーのクーデター:状況を知れば知るほどに「難しい――」

 ミャンマーで国軍がクーデターを起こした問題は――

 状況を知れば知るほどに、

 (難しい――)

 と感じます。

 

 クーデターを起こした国軍の総司令官はミンアウンフラインさんという人で――

 昨今のミャンマーの情勢に関心をもっていた外国人の間では、どちらかというと、

 ――穏当な民主派

 と目されていたそうです。

 

 ――あの総司令官が、よりによってクーデターを?

 というのが率直な感想であった、とか――

 

 ……

 

 ……

 

 そのミンアウンフラインさんは――

 3日前にテレビ演説を行い、

 ――昨年の総選挙で不正があったので、クーデターを起こした。

 という従来の国軍の主張を繰り返した上で、

 ――国内で敵対をしている少数民族との融和を優先課題とする。

 とも述べたそうです。

 

 この「内戦終結を優先――」のメッセージは――

 僕には大変に重要と感じられましたが――

 

 触れているメディアは多くありません。

 

 おそらく、

 ――クーデター正当化の方便に過ぎない。

 との判断があるのだと思います。

 

 たしかに、そうかもしれません。

 

 ……

 

 ……

 

 ミャンマーの国内には――

 政府ないし国軍と敵対をしている少数民族が、20近くあるのだそうです。

 

 そのうちの半分くらいは、今回のクーデターで倒された政権――事実上のアウンサンスーチー政権――が執政をする前に既に和平協定に応じていたそうです。

 そして、アウンサンスーチー政権下で、新たに2つの少数民族との和平協定が成ったといいます。

 

 この「2つ」を「少ない」とみるか、「多い」とみるか――

 

 国軍は「少ない」とみているようです。

 その原因を、アウンサンスーチーさんの指導力のなさに求めたのでしょう。

 

 が――

 もちろん、アウンサンスーチー政権側のいい分としては、

 ――国軍が協力をしなかったからだ。

 と、なります。

 

 ――そんな状況でさえ、新たな和平協定が2つも成ったのだから、むしろ、上出来である。

 と考えていたかもしれません。

 

 ミンアウンフラインさんは、3日前の演説で、敵対中の少数民族の代表者を自らの軍事政権の評議の場に加えることを明らかにしたそうです。

 

 よって――

 うまくいけば――

 これによって、ミャンマーの全土に平和が訪れるわけですが――

 

 今回のクーデターの前から政府や国軍と和解をしていた少数民族にとっては――

 面白くないはずです。

 

 現に今回のクーデターには猛反発をしているといいます。

 既存の和平協定が破られる危険性が高まっているそうです。

 

 ……

 

 ……

 

 ミンアウンフラインさん率いる国軍の正義が、アウンサンスーチーさんやアウンサンスーチーさんの支持者の皆さんの正義でないことは、明白です。

 

 が――

 その逆も、またしかりです。

 

 ――今回のクーデターは何が善で何が悪かがわからない状況の具体例として典型的である。

 との見方があるそうですが――

 まさに、その通りです。

 

 冒頭で、 

 ――状況を知れば知るほどに「難しい――」と感じる。

 と述べたのは――

 そういうことです。