マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

クラウゼヴィッツの『戦争論』と『孫子』の兵法と

 ――現在のロシア政府の最高指導者は、クラウゼヴィッツの『戦争論』は理解をしていても、『孫子』の兵法は理解をしていないようにみえる。

 という主張をききました.

 

 (きっと、そうなんだろうな)

 と思いました。

 

 ――クラウゼヴィッツ

 というのは、19世紀プロセインの将軍のことです。

 プロセインの陸軍大学校で学校長として勤務をしているときに、

 ――戦争論

 という書物を著したことで知られています。

 この書物は、戦争の性状や様態を決める因子として政治が重要である、という考えに依り、主に戦略を論じています。

 

 一方、

 ――孫子

 というのは、中国・春秋時代に兵家として傑出をしていた人物――おそらくは、孫武という名の武将――が著したとされる書物です。

 ――兵家

 とは、この時代の中国に現れていた学派の一つで、戦争の勝敗は運・不運ではなく、指導者の手法や工夫で決まる、という考えに依り、主に政略を論じています。

 

 クラウゼヴィッツの『戦争論』も『孫子』の兵法も、ともに戦略と政略との双方を扱ってはいます。

 クラウゼヴィッツの『戦争論』は戦略だけであり、『孫子』の兵法は政略だけである、というようなことはありません。

 が、クラウゼヴィッツの『戦争論』では、政略が所与のことと規定をされた上で戦略が論じられているのに対し、『孫子』の兵法では、戦略を練る際の政略の重要性が論じられているのです。

 つまり、クラウゼヴィッツの『戦争論』は軍事の視点から政治を捉えていて、『孫子』の兵法は政治の視点から軍事を捉えているといえます。

 

 よって――

 ロシア政府の最高指導者が、より深く参考にするべきは、クラウゼヴィッツの『戦争論』ではなく、『孫子』の兵法でした。

 

 政治の指導者の本分は政治であって、軍事ではありません。

 

 が――

 現在のロシア政府の最高指導者にとって、兵家の『孫子』は遠い過去における遠い異国の書物であり、クラウゼヴィッツの『戦争論』は近い過去における近い異国の書物であったようで――

 そのために、クラウゼヴィッツの『戦争論』のほうに、うっかり傾倒をしてしまったのでしょう。

 

 今回のウクライナ侵攻に伴い――

 ロシア政府が国際社会で孤立をしつつある現状をみますと、

 ――現在のロシア政府の最高指導者は、クラウゼヴィッツの『戦争論』は理解をしていても、『孫子』の兵法は理解をしていない。

 との主張には十分な信憑性が感じられます。

 

 もし、現在のロシア政府の最高指導者が、多少なりとも『孫子』の兵法に精通をしていたら――

 国際社会で孤立をしていたのはウクライナ政府のほうであったでしょう。