藤原隆家(ふじわらのたかいえ)と花山(かざん)法皇(ほうおう)との間に、ある種の信頼関係があったであろうことは――
隆家が自分の従者に花山法皇へ矢を射かけさせたことの理由を考える上で、無視はできない――
ということを、きのうの『道草日記』で述べました。
つまり――
相手が花山法皇であったために、あえて矢を射かけさせるという荒事を思いついたのであり――
もし、相手が他の貴人であれば、およそ矢を射かけさせることなど、夢にも思わなかったのではないか――
ということです。
隆家としては――
出家の身でありながら、女性のもとに通い続けていた花山法皇に対し、
――これ以上、はしたない真似は、おやめ下さい。
との諫言の意図で矢を射かけさせたのではないでしょうか。
――あの法皇様には、百語の諫言よりも一本の矢のほうが効果的に違いない。
と――
また、
――あの法皇様なら、矢を射かけられたくらいで動揺をするはずがない。
との読みもあったでしょう。
そして――
隆家は、おそらくは細心の注意を払って、矢を花山法皇ら一行から相応に前方の地点へ目がけて射かけさせた――
ところが――
その前方の地点には、たまたま先導役を命じられていた童子たちがいて――
運が悪かったことに――
その矢が童子たちに当たってしまった――
この不運を契機に――
花山法皇ら一行と隆家ら一行との間で本格的な斬り合いが始まってしまった――
隆家らは相手が花山法皇らであるとわかっていましたが――
花山法皇らは相手が誰であるのか、わからなかったはずなので――
童子らは必死の思いで反撃を試み、花山法皇は必死の思いで逃走を試みたことでしょう。
そして――
2 名ばかりの童子が斬り死にをした――
残された遺体の顔から事が露見をするのは時間の問題と思われたので――
やむを得ず、隆家らは遺体の首を切り取って、その場を離れた――
そんな惨劇が、隆家の予測とは裏腹に、繰り広げられてしまったのではないか――
そんなふうに想像をします。
花山法皇は矢を射かけられたことで胆を潰したと伝わりますが――
実際には、矢を射かけられたこと自体に胆を潰したのではなく――
この偶発的な小競り合いの結果、死者が出てしまったことに、胆を潰したのではないでしょうか。
――出家の身でありながら、女性のもとに通い続ける。
という行為に及びさえしなければ決して失われるはずのなかった若い命が失われたのです。
花山法皇が恥じ入って自身への襲撃の事実をひた隠しにした理由は――
事の顛末が、たんなる色情の醜聞の域を越えてしまったからに違いありません。