マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

藤原隆家のこと(30)

 藤原隆家(ふじわらのたかいえ)が姉・定子(ていし)に上等な紙をねだっていたとみてとれる場面が、清少納言の随筆『枕草子』に描かれていることを――

 きのうの『道草日記』で述べました。

 

 隆家は、何のために上等な紙をねだったのでしょうか。

 

 ……

 

 ……

 

 残念ながら『枕草子』に記述はありません。

 

 清少納言はもちろんのこと、姉・定子にも――

 その理由までは、わからなかったのではないでしょうか。

 

 1,000 年以上前の話です。

 今となっては誰にもわからないはずですが――

 

 僕は――

 ちょっと空想をしています。

 

 その上等な紙は「秦久忠」という者の妻か娘に与えるつもりではなかったか――

 と思っているのです。

 

 ――秦久忠(はたのひさただ)

 というのは――

 おとといの『道草日記』で述べた通り――

 叔父・藤原道長(ふじわらのみちなが)の従者で、隆家の従者と争って殺されてしまった者です。

 

 隆家は、自分の従者の振る舞いに行き過ぎがあったことを認め、

 ――姉・定子より賜った紙に免じて許してほしい。

 と暗に贖罪の意図を示そうとしたのではないか――

 

 そのような際に必要なのは気遣いです。

 

 その上等な紙が金品に換算をするとどれくらいの価値になるかということは二の次であって――

 掛けがえのない夫ないし父を失った女性に対し、どのようにして誠意をみせるのがよいのか――

 ということが大切であったはずです。

 

 隆家が姉・定子から実際に上等な紙を与えられたかどうかはわかりません。

 

 おそらく、与えられてはいないでしょう。

 

 清少納言が、とっさに、

 ――それは扇の骨ではなく、海月(くらげ)の骨ですね。

 といったのは――

 上等な紙をいわれるままに弟・隆家へ与えるつもりはない、という主人・定子の意図を素早く察したからであったはずです。

 

 もし与えていたら――

 何らかの形で後世に伝わっていても、よさそうなものです。

 

 が、

 (もしかして……)

 などと僕は思ってしまいます。

 

 隆家が本当に細やかな心遣いをしたのであれば――

 こういうことは決して部外に洩らさないでしょう。

 

 ――藤原隆家

 とは、まず、そうした人物ではなかったか、と――

 僕は思うのです。