マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

ほんの少しの親切で

 大人は、概して若い人には、親切になれるものだ。

 科学者を目指す大学生に――
 アスリートを目指す高校生に――
 歌手を目指す中学生に――
 大人は、比較的、容易に親切になれる。

 裏を返せば――
 大人は、大人には、なかなか親切になれない、ということだ。

 とくに自分よりも年上の大人には、そうである。

 数年前――
 非常勤で勤めていた予備校が、経営の都合で、突如、閉鎖されることになり――
 事務員の女性たちが解雇された。

 解雇のほうが再就職がしやすいということで――
 一方的にクビにされる形式をとったらしいのだが――
 後味の悪さは残った。

 しかも、その事実を、僕ら非常勤講師は、あとになって知らされた。

 ――彼女たちは、もうここには生息していない。

 という上司の言葉で知らされた。

 酷く冷たく捩じれた表現になったのは――
 苦し紛れの冗談が不発に終わったためだった。

 上司も辛かったのだと思う。

 解雇された女性たちは、いずれも僕より年上で――
 もう、若くはなかった。

 せめて別れの挨拶だけでも、と思い――
 そうはいっても、かえって迷惑か、とも思い――
 散々に迷った挙げ句――
 それぞれの自宅に電話をかけた。

 そのうちの一人につながった。

 会話は弾まなかった。
 いくらか当たりさわりのないことをいって、電話を切ろうとしたときに――

 ――先生、ありがとう。

 といわれた。

 ――最後に、お話できてよかった。

 と――

 電話をするかどうかで迷っていた自分が――
 ひどく愚かに感じられた。

 もはや若くない人には、過剰な親切はいらない。
 ほんの少しでよかったのだ。

 ほんの少しだけ親切にするだけで――
 わかってくれる。

 若い人が、なかなか、わかってくれないことを――
 わかってくれる。