マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

2024-05-01から1ヶ月間の記事一覧

その“炎”は「人魂」か

――夜などに宙を舞う炎 に光を当てると―― その“炎”に、少なくとも2種類の成分が含まれているらしいと解る。 ――当てる光を感じ取り、当てる光に応えようとする成分 と、 ――当てる光を感じ取り、当てる光に応えようとする成分とは独立の成分 との2種類である…

その“炎”に光を当てて解ること

――夜などに宙を舞う炎 に光を当てると―― 何が解るか。 むろん―― この問いは、 ――精神の比喩 の中で発している。 …… …… ――夜などに宙を舞う炎 に光を当てると―― たいていは、その“炎”の発光に変化が生じる。 彩りを変えたり、揺れ方を変えたりする。 あるいは…

精神の比喩

――夜などに宙を舞う炎 に光を当てることで―― その“炎”の、 ――人魂(ひとだま)に由来をしている炎 の成分と、 ――空中のメタン・ガスなどが燃えて生じる炎 の成分とを選り分けることができる。 …… …… 以上は―― むろん、 ――精神の比喩 である。 つまり、 ――夜…

2種類の“炎”を選り分ける

精神は目にみえる。 が―― それは、さながら、 ――夜などに宙を舞う炎 のようなみえ方であり―― しかも―― その“炎”は、 ――人魂(ひとだま)に由来をしている炎 と、 ――空中のメタン・ガスなどが燃えて生じる炎 とが混ざっている―― そういう“炎”を目にして、 ――…

2種類の“炎”が混ざっている

精神は目にみえる。 が―― それは、あくまで事象ないし事象の連なりとして視え、観えるのであって―― 物質や物体として目に視え、観えるのとは、根本的に異なる。 事象ないし事象の連なりを過不足なく視たり、観たりするのは―― 容易ではない。 そして―― その、…

精神を目でみる難しさ

精神は本当に目にみえるのか。 …… …… 顔の表情や体の仕草の動きに着目をすれば―― みえる。 精神は、視覚で鮮やかに捉えることができ、観察を詳しく行うことができる。 が―― …… …… それら動きは―― 同時に、身体の機能でもある。 精神は機能である。 ――機能 と…

精神は本当に目にみえるのか

医者が精神を診る時は―― 単に、 ――視る に止(とど)まらず、 ――聴く ということにも及ぶ。 むしろ、 ――聴く ということの比重が最も大きい。 精神を、その持ち主の発言を聴かずに診ることなどは、とうてい不可能である。 が―― 以上は、しょせん医療の技術論…

医者が精神を診る時

医者が精神を診る時―― 何か特殊な文明の利器を用いることはない。 そのような利器が存在をしないからである。 精神を診る時―― 例えば、磁気共鳴画像(Magnetic Resonance Imaging, MRI)の技術は、概して無力である。 医者は―― ただ、ひたすらに、 ――発言 を…

人魂を診るかのように――

医者は精神を―― あたかも人魂(ひとだま)を診るかのように―― 診る―― と、いえる。 対象が“人魂”であるから―― 当然ながら―― 身体を診るようには―― 診れぬ。 聴診器も画像検査も役には立たぬ。 ひたすら、 ――発言 や、 ――行動 を診る。 人魂の、 ――発光 や、 …

炎が目にみえるように――

精神を、 ――発言 や、 ――行動 でない概念を用いて絵に描くならば―― ――人魂(ひとだま) は、おそらくは最も自然な概念である。 ここでいう、 ――人魂 とは、 ――夜などに宙を舞う炎 である――古来より、 ――魂が人の体から抜け出てきたもの と信じられてきた。 ―…

人魂の理

――人魂(ひとだま) という概念がある。 一般には、 ――夜などに宙を舞う炎 を指す。 この国では―― 長らく、 ――魂が人の体から抜け出てきたもの―― と信じられてきた。 …… …… 今、 ――体から抜け出てきたもの―― と述べた。 ということは―― 人魂は、 ――もの なの…

精神は目にみえる

精神は、「もの」ではなく、 ――こと である。 身体の中で起こり続けている事象――あるいは、「身体の中で起こっている事象の連なり」――である。 それゆえに、 ――精神 は、 ――歴史 と似ている―― と、いえる。 歴史も、また―― 社会の中で起こり続けている事象――…

精神は「こと」である

精神は記憶に頼っている。 そして―― 記憶は、よく変わる。 よって―― 精神は、そんなに確かなものではない。 少なくとも身体ほどに明確で安定をしているものではない。 曖昧で不安定なものである。 …… …… しばしば、 ――精神は目にみえぬから当てにできぬ。 と…

精神は記憶に頼っている

記憶が共有をされることで―― 飛び飛びになっている個々の意識が、一個の精神を紡ぎ出す―― よって―― もし、記憶が失われれば―― 個々の意識が、精神を紡ぎ出すこともない―― つまり―― 精神は記憶に頼っている―― そう、いえる。 …… …… 実は―― 記憶が失われること…

精神を語り継ぐ

――精神 とは―― それを宿している体の持ち主によって語り継がれている何か―― といえる。 ところで―― ――それを宿している体の持ち主 によって、 ――語り継がれている―― とは、どういう意味か。 それは字義の矛盾ではないか。 なぜならば―― その“持ち主”は、一個…

精神を診るということ

精神も歴史も―― 言葉から成る。 ここでいう、 ――言葉 とは―― 人の意図が、何らかの形で意識的ないし無意識的に込められていると、みなせるもの、すべて―― である。 一方―― ――精神 とは―― 一個の人が自分の体に宿している何か―― であり―― それは、 ――歴史 と…

どちらも言葉から成っている

精神は―― 歴史を知るようにしか知れぬし、歴史を語るようにしか語れぬ―― と思っている。 ここでいう、 ――精神 とは―― 一個の人が自分の体に宿している何か―― であり―― ――歴史 とは―― 人の集合が自分たちの共同体で語り継いでいる何か―― である。 どちらも言…

精神と歴史と

医者として精神を診るようになって―― 20 年以上が過ぎた。 …… …… ときに思う―― 精神は―― 歴史に似ているのではないか、と―― …… …… ただの思いつきである。 が―― そう思っている。 …… …… 例えば―― 社会の記録が、史跡となり、史料となり、歴史となるように―― …

忘れぬほうがよい

――絹の道 は―― それを、 ――シルクロード と呼ぶ時、 ――ヨーロッパの視点 となる。 もう少し詳しくいえば、 ――農耕民たちが主導権を握り続けた伝統的ヨーロッパの視点 である。 この視点が絡めとるのは、 ――砂の道 ――海の道 のみである。 ユーラシア大草原を…

ほとんど「幽境」といってよい

――シルクロード というタイトルの歴史紀行番組が、日本の公共放送で流された年――1980年――は、小学校1年だった。 その前の年の秋―― ヨーロッパから日本へ帰って来ていた。 父の仕事の関係で―― スイスのチューリッヒに2年間いた。 日本の小学校に上がって、し…

シルクロード・ブーム

――絹の道 で、語るべきことが最も多いのは、 ――砂の道 であり―― 次に多いのは、 ――海の道 である。 ――砂の道 は、英語では、 ――Silk Road という。 ――海の道 は、 ――Maritime Silk Road あるいは、 ――Silk Road of the Sea である。 日本語のカタカナ語を用…

“絹の道”で語るべきこと

――絹の道 を成す、 ――草の道 ――砂の道 ――海の道 の三種のうち―― 語るべきことが最も多いのは―― ――砂の道 である。 ――砂の道 は、砂漠に点在をするオアシスによって繋がれた。 それぞれのオアシスには、街があり、国があり、人々があり、生活があり、文化があ…

人類史と“絹の道”と

――絹の道 には、 ――草の道 ――砂の道 ――海の道 の三種がある―― と述べた。 ――草の道 は―― ユーラシア大草原の遊牧民たちによって、紀元前 2,000 年頃までに開かれた。 一般には、 ――草原の道 と呼ばれる。 英語では、 ――Steppe Route あるいは、 ――Eurasian S…

「シルクロード」から「絹の道」へ

日本語の、 ――シルクロード は、英語の、 ――Silk Road と紛らわしい。 その語源をあくまでも「Silk Road」に求めるならば―― そもそもの原語であるドイツ語の「Seidenstraßen」にまで立ち返らねばならず―― そうであるならば―― 当然、19世紀の地理学者リヒトホ…

本道か別道か

いわゆるシルクロード(Silk Road)には、 ――草原の道 ――オアシスの道 ――海の道 の三種がある―― との見方は、日本語圏に固有のようである。 他の言語圏――例えば、英語圏やドイツ語圏、中国語圏、朝鮮語圏など――では、 ――草原の道 を「シルクロード」には含め…

シルクロードの本道

――草原の道 ――オアシスの道 ――海の道 の三種のシルクロード(Silk Road)のうち、 ――草原の道 だけが、紀元前 2,000 年より前に開かれていた―― そう考えられるのは―― ユーラシア大草原の東西で、互いに似た様式の考古学的遺物が数多く見つかっているからであ…

シルクロード

――遊牧 が、 ――狩猟・採集 と、 ――農耕・牧畜 との間にあると考えることで―― 様々なことに合点がいく。 それらのことの1つに―― いわゆる、 ――シルクロード(Silk Road) がある。 実は、 ――遊牧の起源 を考えながら―― ずっと、 ――シルクロード のことを思っ…

遊牧の起源(8)

人類の現代の社会は、 ――農耕・牧畜 を基盤としている。 むろん―― 現代の社会は、 ――工業 や、 ――商業 が顕著ではあるが―― ――農耕・牧畜 も―― それらと同様、 ――産業 であることに変わりはない。 つまり、 ――産業 は、 ――農耕・牧畜 が生まれて始まり―― 次い…

遊牧の起源(7)

――騎馬遊牧の起源 については―― 今のところ、相応に有力な自然科学上の根拠があるため―― ――紀元前 3,000 年くらい前 の、 ――ユーラシア大草原の西部 と考えるのが自然である。 つまり、 ――今から 5,000 年くらい前 の、 ――ロシア平原 に、 ――騎馬遊牧の起源 …

遊牧の起源(6)

――遊牧 は、 ――騎馬 の発明の以前か、以後かで―― その内実が変わってくる。 ――騎馬 が発明をされた後の「遊牧」は、 ――騎馬遊牧 という。 一般に、 ――遊牧の起源 という時には―― 暗に、 ――騎馬遊牧の起源 を指すことが多い。 …… …… ――騎馬遊牧の起源 を見定…