マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

2007-03-01から1ヶ月間の記事一覧

親子の顔が上下に並んだ

発車待ちの電車に入って座席に座ったら―― 向かいに親子連れの姿があった。 20代後半くらいのお母さんに2、3歳の女の子の組み合わせである。 お母さんが割と美人だったので―― それで最初は注意がいったのだが―― すぐに女の子へと、注意が移った。 お母さんに…

物語は人間を生む

物語が生まれ、人間が生まれる―― 決して、その逆ではない―― そう思っている。 例えば―― 雄が雌を欲し、どうしようもなくなったときに―― そういう状態に陥った雄や雌に、何者かが、 ――恋 という物語を描き添えた。 そのときに―― 雄は男になり、雌は女になった…

僕ら親子の場合は

限りある人生だ。 どうせなら、皆で仲良く笑って暮らしていきたい。 ところが―― そうは思わない人も、結構、いるらしい。 少なくとも―― そうは思わないようにみえる人――というのが、たしかにいる。 僕の場合―― それが自分の母親だったので―― 面食らってしま…

楽に生きるには

(世の中を楽に生きてる人など、いないんだろうな) と思っている。 楽に生きているようにみえる人は、たくさんいるが―― それは、あくまで見かけ上のことにすぎないようだ。 皆、ぎりぎりのところで生きている―― 生きているようにみえる。 今日、死ぬか―― 明…

日本人だからといって

海外を旅していて―― ときどき、妙に気が合う人と出会うことがある。「気が合う人」というのは、もちろん現地の人だ。 顔も言葉も肌の色も違うのに―― 妙に話が弾む。 日本のことだったり、文化のことだったり、天候のことだったり―― 持ち寄る話題が、どれもヒ…

気分を落ち込ませたくなかったら

どんなにイヤなことがあっても―― 誰か人と話をしていれば―― それなりに気分が落ち着いてくるものである。 少なくとも、僕はそうだ。 誰か人と話をしているとき―― 僕は、無心になれる。 ――どうしたら、この人との今の会話を十分に楽しむことができるのか。 そ…

戻って参りました

仙台に戻って参りました。 大阪も岡山も名古屋も―― ずいぶんと温かかったので、(仙台の寒さにぶったまげないぞ) と意気込んで帰ってきたのですが―― 全然、寒くないのですね。 すっかり春の夜の風情です。 * 年度末だからか―― 春休みだからか―― いつもはス…

今日は名古屋で

今日は名古屋で、従弟の結婚式に出席してきました。 新婦が、とても感じのよい人で―― 何事にも積極的で、配慮は細やかで―― 従弟とは大学時代に同級だったようです。 数年前までは、 ――披露宴なんて絶対にやらない。 と思っていたそうですよ。 が―― 人の披露…

釈然としませんな

本日は岡山からです。 昨夜、大阪から新幹線で移動してきました。 * 学会のシンポジウムは無事に終わりました。 司会役も大過なく務め通せたようで、安堵しています。 * 今は岡山のネットカフェからです。 西日本のネットカフェでは―― なぜか必ず入会手続…

奇遇ですね

いつも『道草日記』を御覧いただき、ありがとうございます。 * 今―― 学会で大阪にやってきております。 今日のお昼すぎから、シンポジウムの司会をいたします。 現在、朝の8時45分です。 さて、これからの時間を、どうすごしましょうか。 他のことも気にな…

人間はボロボロになりながら

人間はボロボロになりながら生きていく。 比喩ではない。 本当にボロボロになっていく。 昔は走れた距離が、走れなくなり―― 昔は起きれた夜が、起きれなくなり―― 昔は聞こえた音が、聞こえなくなり―― 昔は見えた文字が、見えなくなり―― 昔は動かせた腕が、動…

お互いのため

母と電話で話をすると―― すぐに口論になる。 母のイヤなところが、すぐに気になってしまうからだ。 母のイヤなところは―― 僕自身のイヤなところでもある。 だから、いっそう我慢が難しい。 世の中には―― 赤の他人には、決まって優しく穏やかなのだが―― 親し…

物語を紡いでいた

――なぜ小説を書くのか? この問いを、僕は避けて通ることができないようである。 ――なぜ書くのか? 物語を紡ぐためである。 では、 ――なぜ物語を紡ぐのか? そう訊かれてしまうと―― はたと思考が停止する。 気がついたら、物語を紡いでいた。 4歳か5歳のとき…

唄は歌われ、歌になる

同じ唄でも、歌い手によって、ずいぶん違う作品に仕上がっているものである。 言葉の切り方、リズムやテンポ、抑揚の濃淡―― どれも微妙に違っている。 唄は、多くの人々に共有されてこそ、真価を発揮する。 より多く歌い手の裁量を内包する唄ほど、 ――よい唄…

真のプロは

ここ数日、仙台は底冷えがする。 明らかに―― 2月よりも寒い3月である。 今日、タクシーに乗ったら、「今年はタイヤの減りが早くてね」 と、運転手さんにいわれた。「タイヤ」とはスタッドレス・タイヤのことである。 その磨耗の程度が、例年よりも酷い、とい…

恋に死を絡めれば

人間は自然物だと思っている。 その証拠として、僕が第一に挙げたいことは―― 死だ。 人間は死ぬ存在である。 しかも、予期せぬ形で、ある日、突然に死を迎える―― 少なくとも、そうなることが多い。 ときどき、 ――がんで死ぬのは、そんなに悪くない。 などと…

調べたら書けなくなった

(ちょっと書きたいな) と思うことがあって――(念のために――) と思って、ネットで色々と調べていたら―― 急に、書きたい気持ちが失せてしまった。 よくあることである。 何事も、調べすぎると書けなくなる。 物書きたちの間で、しばしば交わされる警句の一…

時間、人、不条理

今朝は、目覚まし時計で狙った時間に、起きられなかった。 こんなことは久々である。 20代前半の頃―― 前の晩に風邪薬を飲んでグッスリと眠ってしまい、目覚ましい時計の音に気付きもしなかった経験がある。 気付きもしなかったというのが、ショックであった…

精一杯に楽しく

――人間は皆いつか死ぬのに、どうして生きなければならないのだろう? という声を、よく耳にする。 なかには、 ――どうせ死ぬんなら、もっとイイカゲンに生きたっていいじゃん。 とか、 ――もう何もかもメンドーだし……。マジ、死にたいんだけど……。 とかいう声…

下手な考え

――下手な考え、休むに似たり。 などというが―― 本当だ。 先ほどから―― ずっと、あることを考えているのだが―― 一向に結論が出ない。(いいかげんにしてくれよ) と、自分を罵倒したくなるのだが―― 罵倒したところで、妙案が浮かぶわけでもない。 しかも―― 実…

「学び解す」ではなくて

最近、 ――学び解(ほぐ)す。 という言葉が注目を浴びているようだ。 どうやら英語の、 ――unlearn の訳語らしい。 どうも、ひっかかる。 この訳語を最初に目にしたときから、(なんか違うぞ) と思っていた。「unlearn」の概念にケチをつけているのではない…

少年の傍若無人な所作

今日、新幹線に乗り込んで、自分の指定席に行き着いたら―― 席の隣で、12、3歳くらいの少年が、股を大きく広げて座って、ふんぞり返って背もたれに寄り掛かり、大きなイビキをかいて眠っていた。 イビキのうるさいこと、うるさいこと―― しかも、ときに僕のほ…

易しさと正しさと

医学書や医療本は、いくらでもヤヤコシく書ける。 術語の数は膨大で、しかも意味がわかりづらい。 論理も、物理学や数学ほどではないにせよ、それなりに入り組んでいる。 だから、正確を期して書こうと思えば、いくらでもヤヤコシくなる。 ヤヤコシくなって…

自分が一番わからない

20年ほど前に―― ある医学生がエッセイとして書いたことである。 ――医か理か、それが問題だ。 と―― この医学生は、かつて理学部の物理学科に在籍し、その後、志を変えて医学部に入学しなおした人らしかった。 曰く、 ――「学部はどちらですか?」ときかれて「…

書くことと喋ることと

今日は久々に多人数相手に喋る仕事をしたのだが―― やはり、喋りは難しい。 ムダなく喋ることの、何と難しきことか。 つい余計な感嘆詞が混じったり、いわんでいい小ネタを挟んだり、繰り返しを多用したりしてしまう。 そういう点では、僕は、かなり不器用の…

15の春、18の春

僕にとって―― 15の春は、惜別の春であった。 父の転勤に伴い、それまで暮らしていた千葉の街を離れ、岡山の街に引っ越した。 千葉の街を離れたくなかった。 関西以西は、別次元の異世界だと思っていた。 逆に―― 18の春は、出立の春であった。 東京の大学入試…

社会は人工物か

社会は人工物だろうか、それとも自然物だろうか。 最近、ちょっと、わからなくなってきた。 以前の僕なら、 ――社会は人工物だ。 と断言していただろう。 が、いまは、ちょっと違う。 まず明らかにしておきたいことは、 ――人間は自然物だ。 ということである…

男にとっての佳い女

男に、 ――オレ、彼女の元夫なんだ。 と自慢されるような女性は―― カッコいい。 問答無用で「佳(よ)い女」だ。 男女のことは、人知を越えた叡智が差配する。 例えば―― 男からみて、 ――あ、素敵だな。 とか、 ――お、話が合うな。 とか感じられる女性に出会う…

この世の果ては水平線

最近、電車に乗ってばかりいる。 なぜかといえば―― それ相応の理由ができたからなのだが―― それはさておき―― * 今日も電車に乗っていたら、突然、「わぁー」 と息をのむ声がきこえた。 若い女性の集団である。 大きな鞄を手に提げていた。 観光客だろう。 …

論理的に考えることが

論理的に考えることができるようになって初めて―― 非論理的な考えも受け入れられるのだと思っている。 つまり、論理を破りたいのなら―― 論理について徹底的に学ぶのがよい―― ということである。 例えば、世の中の人間関係などは―― かなり非論理的である。 こ…