限りある人生だ。
どうせなら、皆で仲良く笑って暮らしていきたい。
ところが――
そうは思わない人も、結構、いるらしい。
少なくとも――
そうは思わないようにみえる人――というのが、たしかにいる。
僕の場合――
それが自分の母親だったので――
面食らってしまった。
母は、人と仲良くやっていこうという気持ちが薄い。
最後は、
――自分さえよければ、それでいい――
と思っているかのような振る舞いを、平気でみせている。
――できるなら、皆で仲良く笑って暮らしていきたい。
というのは――
僕にとっては、ごくごく当たり前の願望だ。
そこが一致しないというのは、不幸の極みである。
が、仕方がない。
そういうスタンスを母がとる以上、息子としては、適度に距離をあけ続けるしか、途(みち)はない。
それが、せめてもの親孝行である。
先日、叔父に、
――お母さんを大事にしてやれ。
といわれた。
(ああ、たしかに、そんな風にみえてるだろうな)
と思った。
ただ何となく――
そう思った。
一般的な意味とは、少し違った意味で――
寂しかった。
*
わかっていますよ、叔父さん――
――母を大事にする。
ということは、
――母に極力、近づかないようにする。
ということです――僕ら親子の場合は、残念ながら――
母が死んだら、後悔するかもしれません。
が、それは――
母から生まれてきたことを、後悔するようなものでもあります。