マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

促イベント化、促ステージ化

 ――抗(こう)キャラクター化

 の概念の対極として、

 ――促(そく)キャラクター化

 の概念を定め――

 その、

 ――促キャラクター化

 の過程の到達点として――

 ――キャラ立ち

 を捉えるのと同じように――

 

 ――まつり

 を、

 ――抗(こう)イベント化

 の対極である、

 ――促(そく)イベント化

 の帰結と捉え――

 

 ――映(ば)え

 を、

 ――抗(こう)ステージ化

 の対極である、

 ――促(そく)ステージ化

 の帰結と捉えることも、また――

 可能であろう。

 

 ――抗キャラクター化

 とは――

 2026年7月6日の『道草日記』で述べたように――

 ――物語の断片部分

 に、

 ――自律化

 や、

 ――等身化

 の処理が加えられることで――

 ――物語の三要素

 の1つとしての、

 ――人物

 が認識をされる際に――

 それら、

 ――自律化

 および、

 ――等身化

 の処理が高じて――

 それぞれ、

 ――人格化

 や、

 ――愛玩化

 に及んでしまうのを防ぐこと――

 であった。

 

 裏を返せば――

 ――自律化

 および、

 ――等身化

 の処理が高じて、

 ――人格化

 および、

 ――愛玩化

 に及ぶことが、

 ――促キャラクター化

 の本態であり――

 

 この過程の到達点が、

 ――キャラ立ち

 である――

 ということである。

 

 ……

 

 ……

 

 全く同様にして――

 

 ――抗イベント化

 から、

 ――促イベント化

 および、

 ――まつり

 を導き出すこともできる。

 

 ――抗イベント化

 とは――

 ――物語の断片部分

 に、

 ――抽象化

 や、

 ――無意識化

 の処理が加えられることで――

 ――物語の三要素

 の1つとしての、

 ――事象

 が認識をされる際に――

 それら、

 ――抽象化

 および、

 ――無意識化

 の処理が高じて――

 それぞれ、

 ――記号化

 や、

 ――不可知化

 に及んでしまうのを防ぐことである。

 

 2026年7月7日の『道草日記』で述べた通りである。

 

 裏を返せば――

 ――抽象化

 および、

 ――無意識化

 の処理が高じて、

 ――記号化

 および、

 ――不可知化

 に及ぶことが、

 ――促イベント化

 の本態であり――

 その過程の到達点が、

 ――まつり

 である――

 ということである。

 

 これと同じ発想で――

 

 ――抗ステージ化

 から、

 ――促ステージ化

 および、

 ――映え

 を導き出すこともできる。

 

 ――抗ステージ化

 とは――

 ――物語の断片部分

 に、

 ――具体化

 や、

 ――意識化

 の処理が加えられることで――

 ――物語の三要素

 の1つとしての、

 ――舞台

 が認識をされる際に――

 それら、

 ――具体化

 および、

 ――意識化

 の処理が高じて――

 それぞれ、

 ――写実化

 や、

 ――認知化

 に及んでしまうのを防ぐことである。

 

 裏を返せば――

 ――具体化

 および、

 ――意識化

 の処理が高じて、

 ――写実化

 および、

 ――認知化

 に及ぶことが、

 ――促ステージ化

 の本態であり――

 その過程の到達点が、

 ――映え

 である――

 ということである。

 

 以上をまとめると――

 以下の通りである。

 

【人物】

  促キャラクター化

   自律化 → 人格化 → キャラ立ち

   等身化 → 愛玩化 → キャラ立ち

  抗キャラクター化

   自律化 →/ 人格化

   等身化 →/ 愛玩化

【事象】

  促イベント化

   抽象化 → 記号化 → まつり

   無意識化 → 不可知化 → まつり

  抗イベント化

   抽象化 →/ 記号化

   無意識化 →/ 不可知化

【舞台】

  促ステージ化

   具体化 →/ 写実化 → 映え

   意識化 →/ 認知化 → 映え

  抗ステージ化

   具体化 →/ 写実化

   意識化 →/ 認知化

 

 ……

 

 ……

 

 『物語』

まつり

 ――物語の三要素

 のうちの一つである、

 ――人物

 に、

 ――キャラ立ち

 を起こさなければ――

 ――物語

 が、

 ――類型化の波

 に埋もれてしまうように――

 

 ――物語の三要素

 のうちの一つである、

 ――事象

 に、

 ――まつり

 を起こさなければ――

 ――物語

 は、

 ――日常化の波

 に埋もれてしまうし――

 

 ――物語の三要素

 のうちの一つである、

 ――舞台

 に、

 ――映(ば)え

 を起こさなければ――

 ――物語

 は、

 ――貧相化の波

 に埋もれてしまう――

 と、きのうの『道草日記』で述べた。

 

 1986年10月に発表をされた、

 ――景清物(かげきよもの)

 の最新作のアクション・ゲーム(action game)で――

 制作者らが――

 あえて、

 ――主役

 に――

 ――藤原景清(ふじわらのかげきよ)

 ではなく――

 ――平景清(たいらのかげきよ)

 と氏名を付けたのは――

 

 ――物語

 の、

 ――事象

 に、

 ――まつり

 を起こすためであった――

 と考えられる。

 

 ここでいう、

 ――まつり

 とは――

 インターネット・スラング(internet slang)の一つのことで――

 ――人々の関心が急速かつ膨大に集まること

 を指す。

 

 ――景清物

 の最新作のアクション・ゲームは、

 ――源平(げんぺい)の争乱

 が主題であった。

 

 それは――

 要するに、

 ――源氏(げんじ)

 と、

 ――平氏(へいし)

 との戦いである。

 

 ――主役

 の、

 ――平氏の亡者

 が――

 鎌倉の、

 ――源頼朝(みなもとのよりとも)

 をはるばる討ち滅ぼしに行く――

 

 なのに――

 

 その、

 ――主役

 の氏名が、

 ――藤原景清

 では――

 整合がとれない。

 

 ――悪七兵衛景清(あくしちびょうえかげきよ)

 の異名には――

 たしかに、

 ――平氏方

 の部将としての一定の知名度はある。

 

 が――

 ――平家物語

 などの古典に相応に通じていないプレイヤー(player)には――

 おそらく、ピンとこない。

 

 ――“源平の争乱”が主題なのに、なぜ主役が「藤原」なのか。

 と訝(いぶか)しむ。

 

 それでは――

 ――まつり

 は起こせない。

 

 興が覚める。

 

 ――源氏

 と、

 ――平氏

 との、

 ――ガチンコ大勝負!

 であるからこそ――

 ――まつり

 が起こせる。

 

 ……

 

 ……

 

 ――藤原景清

 が、

 ――平景清

 に改められたのは――

 ――物語

 の、

 ――事象

 に、

 ――まつり

 を起こし――

 ――物語

 に、

 ――活力

 を齎(もたら)すのには――

 是が非でも必要な措置であった。

 

 『物語』

なぜ「平景清」なのか

 ――アーケード・ビデオ・ゲーム(arcade video game)

 として、1986年10月に発表をされた、

 ――景清物(かげきよもの)

 の最新作のアクション・ゲーム(action game)は――

 

 その、

 ――物語

 のモチーフ(motif)として、

 ――人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)

 の傑作『出世景清(しゅっせかげきよ)』が、選ばれているにも関わらず――

 

 なぜ――

 ――主役

 は、

 ――藤原景清(ふじわらのかげきよ)

 ではなくて――

 ――平景清(たいらのかげきよ)

 なのか。

 

 ……

 

 ……

 

 ――出世景清

 の、

 ――主役

 は――

 あくまでも、

 ――藤原景清

 であった。

 

 ――平景清

 ではない。

 

 さらにいえば――

 

 ――平景清

 という氏名の、

 ――人物

 は――

 日本の歴史には――

 実在をしない。

 

 ……

 

 ……

 

 なのに――

 なぜ、

 ――平景清

 なのか。

 

 ……

 

 ……

 

 この問いも――

 

 実は、

 ――物語の宿命

 に関わっている。

 

 2026年9月28日の『道草日記』で述べた、

 ――物語の宿命

 である。

 

 ――物語の三要素

 のうちの一つである、

 ――人物

 に、

 ――キャラ立ち

 を起こさなければ――

 ――物語

 は、

 ――類型化の波

 に埋もれてしまう――

 という“宿命”である。

 

 ……

 

 ……

 

 ――物語の宿命

 は――

 ――物語の三要素

 のうちの一つである、

 ――人物

 にのみ関わっているのではない。

 

 残りの二つである、

 ――事象

 や、

 ――舞台

 にも関わっている。

 

 ――事象

 に、

 ――まつり

 を起こさなければ――

 ――物語

 は、

 ――日常化の波

 に埋もれる――

 

 ――舞台

 に、

 ――映(ば)え

 を起こさなければ――

 ――物語

 は、

 ――貧相化の波

 に埋もれる――

 

 ――日常化

 や、

 ――貧相化

 の作用は――

 ――物語

 から、

 ――活力

 を奪う。

 

 ここでいう、

 ――まつり

 とは、

 ――人々の関心が急速かつ膨大に集まること

 であり――

 

 ――映え

 とは、

 ――外形が華やかで美しく魅力的であること

 である。

 

 どちらも――

 日本語圏のインターネット・スラング(internet slang)である。

 

 ……

 

 ……

 

 1986年10月に発表をされた、

 ――景清物

 の最新作のアクション・ゲーム(action game)で――

 制作者らは――

 ――主役

 を、

 ――藤原景清

 と名付けるべきところ――

 あえて、

 ――平景清

 と名付けた。

 

 この命名は――

 ――物語

 の、

 ――事象

 に――

 ――まつり

 を起こすためであった――

 と考えられる。

 

 『物語』

平景清?

 ――アーケード・ビデオ・ゲーム(arcade video game)

 として、1986年10月に発表をされた、

 ――景清物(かげきよもの)

 の最新作のアクション・ゲーム(action game)は――

 

 ――人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)

 の傑作『出世景清(しゅっせかげきよ)』を――

 ――物語

 の基調としていた。

 

 ――出世景清

 の、

 ――主役

 は――

 ――藤原景清(ふじわらのかげきよ)

 である。

 

 またの名を、

 ――悪七兵衛景清(あくしちびょうえかげきよ)

 という。

 

 ところが――

 

 1986年10月に発表をされた、

 ――景清物(かげきよもの)

 のアクション・ゲーム(action game)の、

 ――主役

 は――

 なぜか、

 ――平景清(たいらのかげきよ)

 と名付けられていた。

 

 ――藤原景清

 ではなかったのである。

 

 ……

 

 ……

 

 ――平景清?

 

 なぜ、

 ――藤原景清

 ではなく――

 ――平景清

 なのか――

 

 ……

 

 ……

 

 この問いは――

 10代前半であった当時の僕には――

 容易には見過ごせなかった。

 

 ――藤原(ふじわら)

 を名乗らせるべきところを――

 どういうわけか――

 ――平(たいら)

 と名乗らせている。

 

 ……

 

 ……

 

 ――大した違いではない。

 と一笑に付す向きもあろう。

 

 実際――

 50代前半になった現在の僕なら――

 一笑に付す。

 

 ――大した違いではない。

 といえるだけの理由が――

 解(わか)っているからである。

 

 が――

 

 10代前半の僕は――

 解っていなかった。

 

 だから――

 

 余計な疑念を抱いた。

 

 ――悪七兵衛景清の氏(うじ)は、「藤原」であって、「平」ではないのでは?

 という疑念である。

 

 ――藤原

 も、

 ――平

 も――

 日本の歴史では――

 大変に有名な氏である。

 

 起源も異なる。

 

 ――藤原

 は、臣下が功績を認められて授けられた氏であり――

 ――平

 は、皇族が臣下へ降格をして授けられた氏である。

 

 さらなる疑念が生まれた。

 

 ――ひょっとして、このアクション・ゲームを作った大人たちは、悪七兵衛景清のことも「藤原」や「平」の氏のことも、よく知らなかったのではないか。

 

 ……

 

 ……

 

 ――ゲーム・センターに景清――

 の痛快さが薄れていった。

 

 ――だから、ゲーム・センターはダメなんだ。

 という嘲笑を聴いたような気がした。

 

 『物語』

出世景清

 ――源平(げんぺい)の争乱

 を主題とする、

 ――アクション・ゲーム(action game)

 の開発を思い立った制作者らは――

 

 ――源義経(みなもとのよしつね)

 を、

 ――主役

 に据えたのでは、ありきたりとなる――

 と考え――

 

 他の候補を探した。

 

 その結果――

 

 ――藤原景清(ふじわらのかげきよ)

 に白羽の矢が立つ。

 

 またの名は、

 ――悪七兵衛景清(あくしちびょうえかげきよ)

 であった。

 

 ……

 

 ……

 

 なぜ、

 ――悪七兵衛景清

 であったのか。

 

 ……

 

 ……

 

 制作者らは――

 主題である、

 ――源平の争乱

 に加え――

 副題として、

 ――怨念

 を添えていた。

 

 この、

 ――怨念

 が鍵となって――

 人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)の演目の一つに思いが至った――

 

 ――景清物(かげきよもの)

 の代表作である『出世景清(しゅっせかげきよ)』である。

 

 作者は、

 ――近松門左衛門(ちかまつもんざえもん)

 であった。

 いわずと知れた浄瑠璃(じょうるり)作家の巨匠である。

 江戸前期から江戸中期にかけ、上方で活躍をした。

 

 ……

 

 ……

 

 ――出世景清

 の、

 ――物語

 では――

 ――壇ノ浦(だんのうら)の戦い

 を生き延びた、

 ――悪七兵衛景清

 が――

 ――怨念

 に駆られ――

 時の権力者となった、

 ――源頼朝(みなもとのよりとも)

 を討ち滅ぼそうと――

 悩み、もがき、苦しむ。

 

 まさに、

 ――浄瑠璃

 の媒体に打ってつけの、

 ――物語

 であった。

 

 ――浄瑠璃

 とは――

 ごく簡単にいってしまえば――

 ――音楽の物語

 である。

 

 この国では――

 平安期以降――

 口承文芸が盛んになっていった。

 

 その口承文芸の作品は――

 戦国期以降――

 音楽の一種として三味線を伴奏に語られていく。

 

 その様式が定着をして――

 ――浄瑠璃

 となった。

 

 江戸期に入ると――

 ――浄瑠璃

 に人形劇が併せて演じられ始め――

 ――人形浄瑠璃

 と呼ばれるようになった。

 

 この古典芸能の領域で生み出された傑作が、

 ――出世景清

 である。

 

 ――出世景清

 の「出世」には――

 特段の意味は無い。

 

 少なくとも、

 ――悪七兵衛景清

 とは――

 直接の関連が無い。

 

 ――人形浄瑠璃

 の優れた語り手として――

 ――竹本義太夫(たけもとぎだゆう)

 が居た。

 

 この語り手と――

 ――近松門左衛門

 は――

 無双の盟友となる。

 

 ――出世景清

 は――

 ――竹本義太夫

 のために――

 ――近松門左衛門

 が初めて書き下ろした作品であった。

 

 その前途を祝って――

 演目の語頭に「出世」の言葉を書き足したという。

 

 『物語』

“主役”を誰にするか

 いわゆる、

 ――源平(げんぺい)の争乱

 を主題に、

 ――アクション・ゲーム(action game)

 を作る場合には――

 

 ――主役

 を誰にするか――

 が、簡単ではない。

 

 ここでいう、

 ――主役

 とは――

 プレイヤー(player)が操作をする、

 ――キャラクター(character)

 を指す。

 

 ……

 

 ……

 

 史実に基づけば――

 

 ――源平の争乱

 において――

 少なくとも―― 

 その主要な戦場の多くで最も活躍をしたと見なされている、

 ――人物

 は――

 ――源義経(みなもとのよしつね)

 である。

 

 よって――

 ――主役

 は――

 一見、

 ――源義経

 が最も妥当のように思われる。

 

 が――

 

 ……

 

 ……

 

 思い出していただきたい。

 

 ――源義経

 といえば――

 ――八艘(はっそう)飛び

 であった。

 

 身軽さを活かして怪力の敵から逃げ回る――

 

 その様子は――

 画面の絵柄としては――

 華麗かも知れない。

 

 が――

 果たして――

 ――“源平の争乱”を主題とするアクション・ゲーム

 に似つかわしいと、いえるかどうか。

 

 ……

 

 ……

 

 ――源義経

 が、

 ――源平の争乱

 で世に示したのは――

 

 あくまでも、

 ――総大将

 としての革新的な采配能力であって――

 ――武者

 としての卓越的な戦闘能力ではなかった。

 

 そのような、

 ――人物

 を、わざわざ、

 ――アクション・ゲーム

 の、

 ――主役

 に据える意義が、有るのか――

 

 根本的な疑問が、浮上をする。

 

 ……

 

 ……

 

 たしかに――

 知名度は抜群だ。

 

 よって――

 市場での認知は得られやすくなる――

 

 が――

 認知が得られやすいからといって――

 多くの需要が見込めるとは限らない。

 

 ひと度――

 市場で、

 ――ありきたりな設定だ。

 との評価を受けてしまえば――

 誰にも見向きはされない。

 

 そうした愚を避けるには――

 

 ――源義経

 を、

 ――主役

 に据えるわけには――

 いかないのである。

 

 『物語』

緻密な計算に基づいていた

 ――アーケード・ビデオ・ゲーム(arcade video game)

 として、1986年10月に発表をされた、

 ――景清物(かげきよもの)

 のアクション・ゲーム(action game)には――

 ――物語

 としての存在感が、強烈であった。

 

 その根源は――

 ――たしかに、もし景清(かげきよ)が壇ノ浦(だんのうら)の戦いの後、この世に蘇ったら、たぶん頼朝(よりとも)を殺しに行く。

 という直観の尤(もっと)もらしさ――

 にあった。

 

 少なくとも――

 当時の10代前半の僕は――

 ――それは、大いにありうることに違いない。

 と――

 受け止めた。

 

 現在の50代前半の僕なら――

 ――そうか、その手があったか!

 と――

 膝を打ったことであろう。

 

 それくらいに――

 ――この世に蘇った景清が鎌倉まで頼朝を殺しに行く。

 という展開ないし進行は――

 緻密な計算に基づいていたように思える。

 

 その展開ないし進行は――

 この、

 ――アクション・ゲーム

 に秘められた、

 ――物語の芯

 であり――

 

 その“芯”は――

 ――物語の三要素

 の1つとしての、

 ――事象

 に他ならない。

 

 ――アクション・ゲーム

 の、

 ――物語の芯

 であるからには――

 

 それは――

 ――人物

 や、

 ――舞台

 ではなく――

 

 ――事象

 にこそ――

 据えられるべきであった。

 

 ……

 

 ……

 

 このような、

 ――アクション・ゲーム

 の制作の経緯は――

 どうであったのか。

 

 ……

 

 ……

 

 最初の着想は、

 ――日本の歴史に深く関わるアクション・ゲーム

 であったらしい。

 

 ――歴史

 とは――

 洋の東西を問わず――

 ほぼ、

 ――政治の歴史

 である。

 

 そして――

 それは――

 少なくとも近代以前には――

 ――戦争の歴史

 であった。

 

 よって――

 その、

 ――アクション・ゲーム

 の主題の候補として――

 日本における、

 ――戦争の歴史

 の画期の全てが――

 検討をされたはずである。

 

 明治初期の戊辰(ぼしん)戦争――

 織豊末期の関ケ原(せきがはら)の戦い――

 鎌倉末期の元弘(げんこう)の乱――

 平安末期の治承(じしょう)・寿永(じゅえい)の乱――

 飛鳥後期の壬申(じんしん)の乱――

 などである。

 

 それらのうちから――

 最終的に選ばれたのが――

 平安末期の治承・寿永の乱であった。

 

 いわゆる、

 ――源平(げんぺい)の争乱

 である。

 

 『物語』

遊ぶためではなかった

 10 歳前後の僕は――

 たぶん、

 ――“ゲーム・センター”に入り浸っていた――

 の一歩手前くらいであった。

 

 ……

 

 ……

 

 何のために、

 ――入り浸っていた――

 のか。

 

 ……

 

 ……

 

 少なくとも――

 遊ぶためではなかった。

 

 ――ゲーム・センター

 で――

 遊戯機械に硬貨を投げ入れて遊んだ記憶は――

 ほとんど無い。

 

 では――

 何をしていたのか。

 

 ……

 

 ……

 

 視ていた。

 

 ――アーケード・ビデオ・ゲーム(arcade video game)

 の画面を――

 である。

 

 ……

 

 ……

 

 当時の多くの、

 ――ゲーム・センター

 では――

 

 ビデオ・ゲーム(video game)が実装をされた硬貨作動式の遊戯機械が――

 少なくとも十数台――

 

 多ければ、おそらくは数十台――

 備え付けられていた。

 

 それら遊戯機械の画面の一つひとつを視ていって――

 

 ――これは!

 と思える物を探していった。

 

 ……

 

 ……

 

 画面の何を視ていたのか。

 

 ……

 

 ……

 

 一言でいえば――

 

 ――物語

 である。

 

 ――物語の三要素

 を視ていた。

 

 ――人物

 ――舞台

 ――事象

 の3つである。

 

 ――キャラクター(character)の外見

 を通して、

 ――人物

 を視て――

 

 ――背景画の題材

 を通して――

 ――舞台

 を視て――

 

 ――キャラクターの動作

 を通して、

 ――事象

 を視ていた。

 

 ……

 

 ……

 

 もちろん――

 画面に登場をしていた、

 ――キャラクター

 たちは――

 必ずしも、

 ――人

 ではなかった。

 

 ――猛獣

 であったり、

 ――宇宙船

 であったりもした。

 

 中には――

 ――亡者

 も含まれていた――

 

 そう。

 

 そんな、

 ――キャラクター

 の一つが――

 ――景清(かげきよ)

 である。

 

 ――藤原景清(ふじわらのかげきよ)

 

 またの名を、

 ――悪七兵衛景清(あくしちびょうへかげきよ)

 である。

 

 ……

 

 ……

 

 ――ゲーム・センターに景清?

 と――

 思った。

 

 ――これは、すごい。

 と――

 思った。

 

 ――痛快

 より、

 ――驚愕

 が勝った。

 

 ――ゲーム・センター

 を、

 ――目の敵

 にしていた教師や保護者らに対する、

 ――痛快さ

 を感じるよりも前に――

 

 その、

 ――物語

 の存在感に圧倒をされ――

 愕然とし――

 呆然とした。

 

 ――たしかに、もし景清が壇ノ浦(だんのうら)の戦いの後、この世に蘇ったら、たぶん頼朝(よりとも)を殺しに行く。

 と――

 思えたのである。

 

 ――それは、大いにありうることに違いない。

 と――

 

 ……

 

 ……

 

 『物語』

“ゲーム・センター”に入ったことなら――

 ――ゲーム・センター

 にも――

 学べることは、たくさん有る――

 などというと――

 

 ――マル太は、やはりゲーマーなのか。

 と推し量る向きも出てこよう。

 

 実際――

 僕の言動には、

 ――ゲーマー

 を思い起こさせる何かが含まれているらしく――

 

 過去に、

 ――マル太さんって、ゲーマーですか。

 と尋ねられたことが――

 ないことはない。

 

 そのご質問への答えは――

 何をもって、

 ――ゲーマー

 とするか――

 にも依るのだが――

 

 僕自身は――

 自分のことを――

 特に、

 ――ゲーマー

 とは思っていない。

 

 実は――

 10 ~ 15 歳頃――

 いわゆる、

 ――家庭用のビデオ・ゲーム(video game)

 に入れ込みそうになったことはある。

 

 が――

 

 幸か不幸か――

 

 16 歳になる頃までには――

 すっかり飽きていた。

 

 以来――

 社交の一環として、

 ――家庭用のビデオ・ゲーム

 を楽しむことは有ったが――

 

 例えば――

 専用の機器を買い揃えて個人的に楽しむ――

 ということは――

 まったく無かった。

 

 ちなみに――

 

 ここでいう、

 ――ビデオ・ゲーム

 とは――

 ――コンピュータ・ゲーム(computer game)

 と同義である――念のため――

 

 ……

 

 ……

 

 実は――

 

 ――ゲーマー

 という言葉には――

 少しばかり注意を要する。

 

 日本語の、

 ――ゲーマー

 は――

 たいていは、

 ――大のゲーム好き

 くらいの意味で使われるが――

 

 英語の、

 ――Gamer

 は――

 様相が異なる。

 

 ―― A gamer

 というと――

 たしかに、

 ―― A person who likes playing computer games(コンピュータ・ゲームで遊ぶのが好きな人)

 という意味になるが――

 

 ―― An athlete who tries very hard to win games(試合で勝とうと懸命に努力をする運動選手)

 という意味にもなる。

 

 日本語の、

 ――勝負師

 に近い語感である。

 

 このような意味でいえば――

 

 僕は――

 特に、

 ――ゲーマー

 でも、

 ――A gamer

 でもない。

 

 なので――

 

 ……

 

 ……

 

 ――ゲーム・センター

 にも――

 学べることは、たくさん有る

 と僕がいったのは――

 

 ――ゲーム・センター

 で遊ぶことが、子どもの頃から、ずっと好きだったから――

 ということではない。

 

 むしろ――

 ――ゲーム・センター

 で遊んだ記憶は――

 ほとんど無い。

 

 が――

 

 ――ゲーム・センター

 に入ったことなら――

 何回も有る。

 

 ひょっとすると、

 ――入り浸っていた――

 の一歩手前くらいであったかもしれない。

 

 『物語』

“ゲーム・センターに景清――”の痛快さ

 ――ゲーム・センターに景清(かげきよ)――

 の衝撃――

 に話を戻す。

 

 ――景清

 というのは、

 ――藤原景清(ふじわらのかげきよ)

 を指す。

 

 またの名を、

 ――悪七兵衛景清(あくしちびょうえかげきよ)

 といった。

 

 ――源平(げんぺい)の争乱

 では――

 ――平清盛(たいらのきよもり)

 の子や孫らの麾下(きか)に入り――

 部将として、

 ――源頼朝(みなもとのよりとも)

 が差し向けた軍勢と戦った。

 

 どういうわけか、

 ――源平の争乱

 では――

 さほどの大活躍ができなかったようであるが――

 

 室町期以降――

 能などを媒体とする種々の“物語”で、主役として扱われてきたために――

 大変に有名な、

 ――キャラクター

 となった。

 

 いわゆる古典芸能の領域で、

 ――景清物(かげきよもの)

 というジャンル(genre)が確立をされた――

 といってよいくらいに――

 有名である。

 

 ……

 

 ……

 

 その、

 ――景清物

 の――

 おそらくは、

 ――最新作

 が――

 1986年10月に発表をされた、

 ――アーケード・ビデオ・ゲーム(arcade video game)

 である。

 

 様式としては、

 ――アクション・ゲーム(action game)

 であった。

 

 その、

 ――景清物

 の、

 ――最新作

 の登場は――

 

 ――衝撃

 であると同時に――

 ――痛快

 でもあった。

 

 少なくとも――

 当時 13 歳の僕にとっては――

 そうであった。

 

 ……

 

 ……

 

 ――ゲーム・センターに景清――

 の痛快さ――

 とは、何であったのか。

 

 ……

 

 ……

 

 それは――

 当時の「ゲーム・センター」が持っていた語感――そして、おそらくは今の「ゲーム・センター」も持っている語感――を踏まえれば――

 わかる。

 

 ――ゲーム・センター

 は――

 簡単にいえば――

 ――真面目な児童・生徒は近づいてはいけない場所

 であった。

 

 いいかえるなら――

 ――不真面目な児童・生徒が入りびたる場所

 であった。

 

 よって――

 学校や家庭からは――

 端的にいって――

 ――目の敵

 にされていた。

 

 その理由は――

 1つではなかった。

 

 ――反社会的な行為に巻き込まれやすい。

 という――

 簡単には否めない理由もあった。

 

 が――

 ――“ゲーム・センター”は、学びの邪魔である。

 という奇妙な理由もあった。 

 

 その理由の妥当性は――

 大いに怪しかった。

 

 ――学びの邪魔?

 

 ……

 

 ……

 

 ――ゲーム・センター

 にも――

 学べることは、数多く転がっていた。

 

 事実――

 1986年10月以降――

 ――源平の争乱

 の時代の、

 ――藤原景清

 のことや――

 室町期以降の古典芸能の、

 ――景清物

 のことが――

 十分に学べるようになったのである。

 

 これは――

 安易に見過ごすべき事実ではなかった。

 

 当時――

 ――ゲーム・センター

 を、

 ――目の敵

 にしていた教師や保護者のうち――

 ――藤原景清

 や、

 ――景清物

 のことに通じていた者が――

 果たして、何割くらい居たか。

 

 ……

 

 ……

 

 『物語』