マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

悪七兵衛景清

 ――藤原景清(ふじわらのかげきよ)

 のことを――

 僕が初めて知ったのは――

 

 ――平家物語

 の現代語訳を子ども向けに編み直した本を読んでいた時であった。

 

 例の、

 ――源頼朝

 の子ども向けの伝記を読んだ直後のことである。

 

 その本では――

 たしか、

 ――藤原景清

 の名ではなくて――

 ――悪七兵衛景清(あくしちびょうえかげきよ)

 の名で――

 登場をしていた。

 

 が――

 

 ――悪七兵衛景清

 は――

 少なくとも、

 ――平家物語

 においては――

 とくに、これといった大活躍をするわけではない。

 

 そうした展開は――

 もちろん――

 僕が読んでいた、

 ――平家物語

 の現代語訳を子ども向けに編み直した本でも――

 同じであった。

 

 ――平家物語

 で、あまり活躍をしない――

 ということは――

 ――源平の争乱

 で、あまり活躍をしなかった――

 ということに等しい。

 

 それにも関わらず―― 

 

 その本の作者は――

 ――悪七兵衛景清

 が、

 ――源平(げんぺい)の争乱

 の時代から有名な“人物”であり――

 昭和後期の現代においても――

 その豪勇や怪力によって人々に幅広く知られている“人物”である――

 ということを前提にしていた。

 

 ――源平の争乱

 で、とくに活躍をしたわけでもないのに――

 なぜ、そこまで有名なのか――

 

 当時の僕には――

 さっぱり、わからなかった。

 

 ある程度わかるようになったのは――

 20代に入ってからである。

 

 ――悪七兵衛景清

 が有名である理由は――

 ――平家物語

 の原典をいくら丁寧に読み込んだところで――

 決して、わからない。

 

 その理由は――

 ――悪七兵衛景清

 が――

 室町期以降――

 能などを媒体とする様々な“物語”で主役として扱われてきたからである。

 

 能、浄瑠璃、歌舞伎、落語などの古典芸能において――

 である。

 

 その作品の一群は、

 ――景清物(かげきよもの)

 と呼ばれ――

 ある種のジャンル(genre)のように扱われてきた。

 

 それゆえに――

 

 ――悪七兵衛景清

 は、有名なのである。

 

 が――

 

 昭和末期以降――

 ――景清物

 に思わぬ新作が加わった。

 

 その媒体は、アーケードゲーム(arcade game)であった。

 

 ……

 

 ……

 

 『物語』

まごうことなき悪役

 ――平家物語

 では――

 ――平清盛(たいらのきよもり)

 の立身出世や栄耀栄華が紡がれているにも関わらず――

 時に明らかな悪役として――

 ――平清盛

 は描かれている。

 

 それは――

 おそらくは――

 ――平家物語

 の成立が、鎌倉前期であったことに依る。

 

 時の政権は、

 ――鎌倉幕府

 であった。

 

 ――鎌倉幕府

 は――

 ――平清盛

 の子や孫らが討ち滅ぼされたことに依って――

 樹立をされた。

 

 当然ながら――

 ――平清盛

 のことも、

 ――平清盛

 の子や孫らのことも――

 好ましく描くことは憚(はばか)られた。

 

 が――

 

 その、

 ――鎌倉幕府

 が討ち滅ぼされ――

 ――室町幕府

 の時代に入ると――

 風向きは変わった。

 

 ――鎌倉幕府・初代将軍

 であった、

 ――源頼朝(みなもとのよりとも)

 が――

 明らかな悪役として、

 ――物語

 に描かれるようになる。

 

 ……

 

 ……

 

 ――景清(かげきよ)

 の、

 ――物語

 は――

 その好例だ。

 

 能を始めとする様々な媒体で伝えられた。

 

 ……

 

 ……

 

 ――景清

 とは――

 ――藤原景清(ふじわらのかげきよ)

 を指す。

 

 ――源平(げんぺい)の争乱

 において――

 ――平清盛

 の子や孫らの麾下(きか)に入り――

 部将として、

 ――源頼朝

 が差し向けた軍勢と戦った。

 

 怪力の持ち主であったらしく――

 

 ――平家物語

 では――

 敵兵の錏(しころ)を腕で引きちぎった様子が描かれている。

 

 ――錏

 というのは――

 兜(かぶと)の一部分で、被る者の後頭部を守る部位である。

 

 当時から同時代人にも豪勇で知られて――

 

 ――悪七兵衛景清(あくしちびょうえかげきよ)

 との異名を持った。

 

 ――悪(あく)

 というのは――

 ――悪い

 という意味ではなく――

 ――強い

 という意味である。

 

 また――

 ――七(しち)

 というのは――

 ――七男

 という意味であり――

 

 ――兵衛(ひょうえ)

 というのは――

 ――兵衛尉(ひょうえのじょう)

 の官職を授かっていたことに依る。

 

 この、

 ――景清

 が――

 ――源平の争乱

 を生き延びて――

 その後、

 ――源頼朝

 の暗殺を狙って付け回す――

 という、

 ――物語

 が――

 室町期以降――

 人気を呼んだ。

 

 その“物語”では――

 ――源頼朝

 は、まごうことなき悪役である。

 

 『物語』

理想を掲げた政治家の憤懣焦燥の念

 ――源頼朝(みなもとのよりとも)

 に、

 ――武家の棟梁

 としての資質が備わっていたように――

 

 ――平清盛(たいらのきよもり)

 にも、また、

 ――武家の棟梁

 としての資質が備わっていた。

 

 それだけではなくて――

 

 ――平清盛

 には――

 現代でいうところの、

 ――政治家としての先見性

 も、備わっていたように思う。

 

 特に――

 その先見性の片鱗を見せたのは――

 ――経済

 や、

 ――外交

 の分野であった。

 

 いわゆる、

 ――日宋(にっそう)貿易

 の振興を促し――

 中国大陸から大量の銅銭が入って来るように仕向け――

 日本列島における貨幣経済の定着を助けた。

 

 また――

 金や銀、硫黄、水銀などの鉱物――

 あるいは――

 真珠や刀剣、漆器などの工芸品――

 などの価値の高い品の輸出を促し――

 東アジアにおいて日本列島の文化圏の存在感を少しでも高めようと努力をした――

 

 少なくとも――

 そうした努力の形跡が感じられる。

 

 もちろん――

 

 ――日宋貿易

 の第一の狙いは――

 一族の財政基盤を整えるという点に有ったとは考えられるが――

 

 このような経済・外交政策を――

 完全に我欲的な動機だけで推し進めたとは考えにくい。

 

 ――平清盛

 の脳裏には――

 おそらく、

 ――国家百年の計

 が常に煌(きら)めいていた。

 

 もちろん――

 その“計”の中心には――

 自分の子や孫やひ孫らが陣取ることを思い描いていたであろう。

 

 が――

 

 そうなることが――

 日本列島の文明度を押し上げ――

 東アジアに多少なりとも影響力を及ぼし得る発展の第一歩となる――

 と信じてもいたに違いない。

 

 その意味で――

 ――平清盛

 は――

 ――源頼朝

 の理解や想像を越えていた。

 

 日本列島の東方の小さな町に閉じこもって――

 その町の周辺の武士たちの利害の代弁に努めるような卑近や狭量とは――

 無縁であった。

 

 ――平清盛 

 から観れば――

 ――源頼朝

 は、ただの世間知らずで恩知らずの若造であった。

 

 例の、

 ――平家物語

 の一節――

 

 ――頼朝(よりとも)が首を刎(は)ね、わが墓の前に懸くべし。

 の一節も――

 あながち脚色とはいいきれない。

 

 その遺言を迸(ほとばし)らせたのは――

 あえて理想を掲げることで、

 ――国家百年の計

 に身を捧げた政治家の、

 ――なぜ解らぬ?

 との憤懣焦燥の念であったに違いない。

 

 『物語』

頼朝が首を刎ね、わが墓の前に懸くべし

 僕が生まれて初めて読んだ、

 ――歴史

 の本が、

 ――源頼朝(みなもとのよりとも)

 の子ども向けの伝記であったことは――

 

 8月1日以降の『道草日記』で――

 繰り返し述べてきた。

 

 ――源頼朝

 の、

 ――物語

 の主役は――

 

 もちろん、

 ――源頼朝

 である。

 

 では――

 

 悪役は、誰か。

 

 ……

 

 ……

 

 その候補は、様々に挙げることができる。

 

 例えば、

 ――源平の争乱

 が収まった後の鎌倉方の内輪揉めの顛末を踏まえれば――

 あえて、

 ――源義経(みなもとのよしつね)

 を悪役に挙げることもできる。

 

 とはいえ――

 

 素直に考えれば――

 

 それは、

 ――平清盛(たいらのきよもり)

 であろう。

 

 ……

 

 ……

 

 ――平清盛

 と、

 ――源頼朝

 との取り合わせで――

 僕が真っ先に思い浮かべるのは――

 

 次の台詞である。

 

 ――頼朝(よりとも)が首を刎(は)ね、わが墓の前に懸くべし。

 

 有名な、

 ――平家物語

 の一節である。

 

 ――平清盛

 が、自らの臨終に際し――

 子や孫や家臣たちを集めて語り伝えた――

 とされる遺言である。

 

 もちろん――

 ――平清盛

 は、必ずしも、

 ――平家物語

 の悪役――

 ではない。

 

 むしろ――

 主役である。

 

 ――平家物語

 は、

 ――平清盛

 の一族の栄華と没落とを紡いでいる。

 

 が――

 

 この遺言の件(くだり)だけに着目をすれば――

 

 ――平清盛

 は――

 まさに悪役である。

 

 いくら反乱軍の頭目とはいえ――

 その首を刎(は)ねて自らの墓前に供えよ――

 と命じるのは――

 仏の教えを踏みにじっているばかりでなく――

 武士としての道をも――あるいは、人としての道をも――踏み外している――

 

 それだけ、

 ――源頼朝

 への怨念が極まっていた――

 ということの描写である。

 

 たしかに――

 それまでの経緯を踏まえれば――

 

 ――平清盛

 の無念は――

 いかばかりであったか――

 

 好敵手、

 ――源義朝(みなもとのよしとも)

 を討ち破った後――

 その嫡男で、まだ10代前半であった、

 ――源頼朝

 を首尾よく捕らえた際に――

 あえて助命の嘆願を受け入れ、死刑ではなく、流刑に処した――

 

 その経緯を踏まえれば――

 

 ――頼朝が首を刎ね、わが墓の前に懸くべし。

 と喚いた気持ちも――

 わからないではない。

 

 が――

 

 それは――

 所詮は、強がりであった。

 

 人としての弱さである。

 

 もし、

 ――平家物語

 の主役が、

 ――平清盛

 であれば――

 そんな弱さを曝け出すことはなかったろう。

 

 例えば――

 ――かくなるは前世の悪行か。せんかたなし。

 などと呟いて――

 泰然と運命を受け入れたのではないか。

 

 もちろん――

 この呟きも強がりには違いないが――

 

 ――頼朝が首を刎ね、わが墓の前に懸くべし。

 よりは、遥かに上品である。

 

 かかる下劣な台詞を喚く

 ――人物

 であれば――

 紛れもなく――

 悪役といわざるをえない。

 

 『物語』

“悪役”に仕立て上げていく素地

 ――源頼朝(みなもとのよりとも)

 を、

 ――魅力的な悪役

 に仕立て上げるには――

 

 いわゆる、

 ――源平(げんぺい)の争乱

 を――

 ――源頼朝

 と戦った、

 ――平清盛(たいらのきよもり)

 や―― 

 その子や孫らのうちの誰かを、

 ――主役

 に仕立て上げればよい。

 

 が――

 

 誰を、

 ――主役

 に仕立て上げればよいのか。

 

 ……

 

 ……

 

 適者は、なかなか見当たらない。

 

 例えば――

 ――平清盛

 は――

 ――源頼朝

 より 30 歳ほど年上であり――

 

 ――源頼朝

 が兵を挙げてから、1 年ほどで病没をしている。

 

 その子や孫らには――

 これといった英傑を見出せない。

 

 ――平清盛

 の嫡男、

 ――平重盛(たいらのしげもり)

 は――

 有能な人格者ではあったようだが――

 

 少しばかり線が細く――

 頑健とはいえない体であり――

 

 父、

 ――平清盛

 よりも先に病没をした。

 

 代わって後継者になった、

 ――平宗盛

 は――

 父や兄に似ず、凡庸であった。

 

 これら 3 人の中で――

 あえて、

 ――源頼朝

 を、

 ――魅力的な悪役

 に仕立て上げるに足る、

 ――主役

 を見出すとしたら――

 

 やはり――

 ――平清盛

 の他にはない。

 

 ……

 

 ……

 

 ほんの 40 ~ 50 年前までは――

 ――平清盛

 の築き上げた政権は――

 ――武家政権

 というよりは――

 ――公家政権

 である――

 と認識をされていた――

 

 既存の、

 ――公家政権

 を――

 武士の出自であった、

 ――平清盛

 が乗っ取った――

 という認識である。

 

 が――

 そうした認識は――

 数多くの史料が読み解かれていった結果――

 この 10 ~ 30 年で大きく変わってきたという。

 

 例えば――

 歴史の教科書には――

 いわゆる、

 ――守護・地頭

 は、

 ――鎌倉幕府

 によって初めて設置をされた――

 と読めるように書かれているが――

 

 実際には――

 その原形ともいえる役職が――

 ――平清盛

 の政権によって――

 少なくとも部分的には――

 設置をされていた――

 

 つまり――

 

 ――鎌倉幕府

 は――

 ――平清盛

 の政権が推し進めたことをさらに徹底的に推し進めようとしたに過ぎない――

 ということである。

 

 こうした解釈を踏まえれば――

 

 ――源頼朝

 は、

 ――平清盛

 の真似をしただけ――

 ということになる。

 

 ――画期的な政策を横取りしただけ――

 ともいえる。

 

 ……

 

 ……

 

 このようにして――

 

 ――源頼朝

 を、

 ――悪役

 に仕立て上げていく素地が――

 調えられていく。

 

 『物語』

“源頼朝”を“悪役”にする

 もし、

 ――源頼朝(みなもとのよりとも)

 を、

 ――悪役

 にするのであれば――

 

 いわゆる、

 ――源平(げんぺい)の争乱

 を――

 ――物語

 の主題として――

 扱うのがよい。

 

 ――源平の争乱

 とは――

 平安末期に日本列島で起こった内戦を指す。

 

 簡単にいうと――

 

 ――平清盛(たいらのきよもり)

 および――

 その子や孫らと、

 ――源頼朝

 との戦いである。

 

 ただし――

 

 ――平清盛

 は――

 ――源頼朝

 が兵を挙げた後――

 わずか 1 年足らずで病没をしているため――

 

 実際には――

 ――源頼朝

 と、

 ――平清盛

 の子や孫らとの戦い――

 ということになる。

 

 歴史の教科書では、

 ――治承(じしょう)・寿永(じゅえい)の乱

 と記されている。

 

 この“争乱”で勝利を収めたのは――

 ――源頼朝

 であった。

 

 現在の関東地方や近畿地方、中国地方を主戦場として――

 ――平清盛

 の子や孫らを討ち破っている。

 

 が――

 いとも簡単に討ち破ったわけではない。

 

 約 6 年の歳月が費やされた。

 

 いわゆる、

 ――天下分け目の戦い

 が――

 約 6 年間、続いたことになる。

 

 この“戦い”の構図を活かすことで――

 

 ――源頼朝

 を、

 ――悪役

 に仕立て上げることが可能だ。

 

 それも――

 ただの、

 ――悪役

 ではない。

 

 ――魅力的な悪役

 に仕立て上げる――

 

 どうすればよいか。

 

 ……

 

 ……

 

 答えは、単純である。

 

 ――平清盛

 の子や孫ら――

 あるいは――

 その子や孫らに縁の深い者を、

 ――主役

 に仕立て上げる――

 

 そうすれば――

 必然的に、

 ――源頼朝

 が、

 ――悪役

 になる。

 

 ……

 

 ……

 

 が――

 

 これが簡単ではない。

 

 ――平清盛

 は――

 子や孫らに――

 概して人を得なかった。

 

 嫡男、

 ――平重盛(たいらのしげもり)

 だけは、例外で――

 

 武勇に優れ、気性は穏やかで、人望は厚く――

 ――平清盛

 の後継者として嘱望をされたが――

 

 身体が今一つ壮健ではなかったらしく――

 次第に一族の内輪揉めに晒され、精彩を欠くようになった。

 

 そして――

 最期は――

 父、

 ――平清盛

 よりも先に病没をした。

 

 代わって後継者となったのは――

 異母弟の、

 ――平宗盛(たいらのむねもり)

 であったが――

 

 異母兄とは違って――

 武勇に秀でず、気性は安からず、人望に欠けていたらしい。

 

 結局――

 一族を纏め上げることができずに――

 

 ――源頼朝

 との戦いに敗れ去った。

 

 ……

 

 ……

 

 『物語』

告白をした序でに――

 告白をした序(つい)でに――

 

 もう少し、

 ――北条時政(ほうじょうときまさ)

 のことについて――

 述べておきたい。

 

 ……

 

 ……

 

 きのうの『道草日記』で述べた通り――

 

 僕は――

 20歳の頃――

 ――北条時政

 を、

 ――主要な登場人物の一人

 に据えて――

 小説を書こうと思った。

 

 その小説の、

 ――物語

 としての展開について――

 である。

 

 ……

 

 ……

 

 史実の、

 ――北条時政

 を丹念に追っていくと――

 

 この、

 ――鎌倉幕府・初代執権

 は――

 どうも利己的で局所的な物の見方をしていたようである。

 

 よって――

 多少なりとも利他的で大局的な物の見方をしていた者を、

 ――物語

 の、

 ――主役

 に据えようとする限り――

 

 ――北条時政

 は――

 どうしても、

 ――悪役

 にせざるをえない。

 

 が――

 それでも――

 あえて、

 ――北条時政

 を、

 ――主役

 として描くのなら――

 

 その、

 ――物語

 では――

 利他的で大局的な物の見方をする者を、

 ――悪役

 に据えざるをえなくなる。

 

 例えば――

 ――源頼朝(みなもとのよりとも)

 も、

 ――北条政子(ほうじょうまさこ)

 も、

 ――北条義時(ほうじょうよしとき)

 も――

 皆――

 その、

 ――物語

 では、

 ――悪役

 となる。

 

 20歳の頃の僕は――

 この点の理解が欠けていた。

 

 ――源頼朝

 や、

 ――北条政子

 や、

 ――北条義時

 を、

 ――悪役

 として描く――

 ということが――

 どうしても、しっくりとこなかった。

 

 いや――

 

 実際に、

 ――悪役

 として描こうとはしたのである。

 

 少なくとも、

 ――北条義時

 は――

 たしかに、

 ――悪役

 にした。

 

 が――

 

 ――源頼朝

 は違った。

 

 なかなか、

 ――悪役

 にできなかった。

 

 なぜか。

 

 ……

 

 ……

 

 おそらく――

 

 僕が生まれて初めて読んだ歴史の本が、

 ――源頼朝

 の子ども向けの伝記であったから――

 である。

 

 もし――

 それが、

 ――織田信長(おだのぶなが)

 や、

 ――豊臣秀吉(とよとみひでよし)

 や、

 ――徳川家康(とくがわいえやす)

 の伝記であったなら――

 

 何の躊躇もなく、

 ――源頼朝

 を、

 ――悪役

 にできていたであろう。

 

 が――

 

 本当に――

 そうであったなら――

 

 そもそも――

 僕は、

 ――北条時政

 に大して関心を払わなかったであろう。

 

 つまり――

 

 ――北条時政

 を、

 ――主要な登場人物の一人

 として小説に書こう――

 とは、つゆも思わなかったはずである。

 

 『物語』

少し告白をすれば――

 少し告白をすれば――

 

 ……

 

 ……

 

 20歳の頃――

 

 僕は、

 ――北条時政(ほうじょうときまさ)

 を主人公に――

 小説を書こうと思ったことがある。

 

 厳密には、

 ――主人公

 ではなくて――

 

 ――主要な登場人物の一人

 であった。

 

 が――

 

 ……

 

 ……

 

 当時の僕は――

 

 ――北条時政

 のことをわかっていなかった。

 

 だから――

 

 筆は遅々として進まなかった。

 

 ……

 

 ……

 

 結局――

 

 ――北条時政

 を描くのは諦め――

 

 その息子をあえて創り出し――

 その者を、

 ――主要な登場人物の一人

 として描こうとした。

 

 念のために断っておくと――

 

 その「息子」というのは、

 ――北条宗時(ほうじょうむねとき)

 ではない。

 

 2026年8月4日以降の『道草日記』で――

 繰り返し触れてきた、

 ――北条宗時

 ではない。

 

 ――歴史上、実在をしていない息子――

 

 つまり――

 全く虚構の“人物”である。

 

 ……

 

 ……

 

 が――

 

 ……

 

 ……

 

 そのような、

 ――捏造

 ともいえる、

 ――創造

 を加えても――

 

 筆は遅々として進まなかった。

 

 なぜか。

 

 ……

 

 ……

 

 要するに――

 

 ――北条時政

 であろうと――

 その虚構の“息子”であろうと――

 

 ――北条時政

 の為人(ひととなり)を正しく知っておかなければ――

 

 ――北条時政

 が関わる、

 ――物語

 というのは――

 少なくとも円滑には紡げない――

 ということである。

 

 もちろん――

 

 ――北条時政

 が関わる、

 ――物語

 というのには――

 ――源頼朝(みなもとのよりとも)

 の、

 ――物語

 も――

 含まれる。

 

 ……

 

 ……

 

 そういえば――

 

 僕が最初に読んだ歴史の本が、

 ――源頼朝

 の子ども向けの伝記であったことは――

 2026年8月1日の『道草日記』で――

 すでに述べた通りであるが――

 

 その伝記の本では――

 

 ――北条時政

 のことが――

 ほとんど描かれていなかったように記憶をしている。

 

 なぜか。

 

 ……

 

 ……

 

 作者が、

 ――北条時政

 のことをわかっていなかったからか――

 

 それとも――

 

 わかってはいたが――

 ――主人公の舅が悪役である。

 という設定は――

 少なくとも子ども向けの本には不適切――

 と考えられたからか――

 

 ……

 

 ……

 

 いずれにせよ――

 

 ――源頼朝

 の子ども向けの伝記には――

 ――北条時政

 のことは、あまり描かれない――

 という傾向が――

 もし見出せるとしたら――

 

 よく腑に落ちる。

 

 『物語』

悪役

 ――源頼朝(みなもとのよりとも)

 の愛妾が、

 ――うわなり打ち

 に遭った事件について――

 

 これを――

 

 ――北条時政(ほうじょうときまさ)

 の深謀に端を発していると見るか――

 

 ――北条時政

 の短慮が偶然にも功を奏したと見るか――

 

 ……

 

 ……

 

 どちらにせよ――

 

 ――北条時政

 の為人(ひととなり)に――

 ある種の卑小感が齎(もたら)されることは――

 間違いなかろう。

 

 ――深謀に端を発している――

 との見方を採れば――

 ――北条時政

 は、自分のことしか考えていない――

 ということなり――

 

 ――短慮が偶然にも功を奏した――

 との見方を採れば――

 ――北条時政

 は、ただ振り回されているだけ――

 ということになる。

 

 ……

 

 ……

 

 むしろ――

 このような、

 ――小者感(こものかん)

 の漂う舅を信じ――

 あえて重要な役割を託した婿の器量にこそ――

 衆目が集まりそうである。

 

 ――北条時政

 に、

 ――鎌倉幕府・初代京都守護

 の役割を託した、

 ――源頼朝

 の器量にこそ――

 という意味である。

 

 ――さすがに日本史に名を残しただけのことはある。

 というべきか。

 

 ……

 

 ……

 

 おそらく――

 

 ――源頼朝

 にとって――

 ――北条時政

 は――

 できれば関わりたくない者であった――

 

 その他・大勢の御家人たちの一人に留(とど)めておきたい相手であった――

 

 が――

 

 すでに、

 ――舅・婿

 の間柄になってしまっていた――

 

 それゆえに――

 適度な距離感を保って慎重に関わり続けるべき相手であった――

 

 その距離感を間違えたら最後――

 命取りとなりかねない――

 

 そういう相手であった――

 

 ……

 

 ……

 

 なので――

 

 ――源頼朝

 の、

 ――物語

 にとって――

 ――北条時政

 は――

 ――悪役

 が適切なのである。

 

 ――主役と潜在的に敵対を続ける重要な脇役

 という意味である。

 

 この“悪役”の面相に気付かない限り――

 

 ――北条時政

 は、わからない。

 

 わからないばかりか――

 

 かえって、

 ――源頼朝

 の股肱の臣――

 などと誤解をしてしまう。

 

 気をつけたい。

 

 『物語』

短慮か

 ――源頼朝(みなもとのよりとも)

 の愛妾が、

 ――うわなり打ち

 に遭った事件については――

 少なくとも2つの解釈が可能である――

 と、きのうの『道草日記』で述べた

 

 1つは――

 ――北条時政(ほうじょうときまさ)

 の深謀に端を発している――

 という解釈で――

 

 もう1つは――

 ――北条時政

 の短慮が偶然にも功を奏した――

 という解釈である。

 

 ……

 

 ……

 

 婿の、

 ――源頼朝

 が――

 娘の、

 ――北条政子(ほうじょうまさこ)

 に隠れて愛妾を囲っていたことは――

 全く知らなかったわけではなかった――

 

 が――

 さほどの大事とも思わず――

 放っておいた――

 

 ある時――

 その事実を――

 娘が知ってしまう――

 

 その事実を娘に伝えたのは――

 自分の“若すぎる後妻”であった――

 

 逆上をした娘は――

 父に相談をすることもなく――

 父の“若すぎる後妻”の実家の当主に、

 ――うわなり打ち

 を命じる――

 

 自分の愛妾が、

 ――うわなり打ち

 に遭ったことを知って――

 婿の、

 ――源頼朝

 も逆上をする――

 

 舅の、

 ――北条時政

 に相談をすることもなく――

 その、

 ――うわなり打ち

 を行った御家人に子どもじみた嫌がらせをする――

 

 嫌がらせを受けた御家人が――

 自分の“若すぎる後妻”の実家の当主であったので――

 今度は、

 ――北条時政

 が逆上をする――

 

 そして――

 ――婿殿には、ほとほと愛想が尽きたわ!

 と吐き捨て――

 鎌倉を離れ、郷里に籠ってしまう――

 

 この時――

 ――北条時政

 は――

 本気で、

 ――源頼朝

 を見限る気でいた――

 

 もし――

 鎌倉から兵が差し向けられたら――

 一戦を交える覚悟でいた――

 

 が――

 その頃の、

 ――源頼朝

 は――

 まだ京の都を手中に収めていなかった。

 

 自分の従弟に当たる者が――

 いち早く都へ入り、

 ――朝廷

 の政権を操ろうとしていた。

 

 ――平清盛(たいらのきよもり)

 の子や孫らも――

 日本列島の南西部に在って、まだ健在であった。

 

 内輪揉めなどをしている暇は無かった。

 

 舅の頑なな態度に閉口をしつつも――

 ――たしかに余も大人げなかった。

 と反省をして――

 婿は、舅に詫びを入れた――

 

 その詫びの印として、

 ――鎌倉幕府・初代京都守護

 の役割を与えた――

 

 そういう解釈である。

 

 ……

 

 ……

 

 この解釈だと――

 

 ――源頼朝

 の度量の広さが際立つ。

 

 少し際立ち過ぎる嫌いもあるが――

 

 ――源頼朝

 が、鎌倉の御家人たちを束ねる魅力を備えていたらしいことは――

 史実が示すところである。

 

 さほど奇妙な解釈でもない。

 

 『物語』