マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

精神生活、身体生存

 ――精神生活

 とは――

 一般に、

 ――人が生存をし、活動をする過程のうち、精神に関わる部分

 と捉えられる。

 

 ……

 

 ……

 

 もし――

 

 これに対義語を求めるならば――

 

 ……

 

 ……

 

 それは、

 ――身体生存

 となろう。

 

 ……

 

 ……

 

 ――精神生活

 は、

 ――人

 が、

 ――送る

 のに対し――

 

 ――身体生存

 は、単に、

 ――続く

 に過ぎぬ。

 

 ……

 

 ……

 

 この概念には――

 実は、

 ――人

 の介在の余地がない。

 

 ――身体生存

 は、

 ――人

 に限らぬ。

 

 ――生き物

 全てに、いえる。

 

 ――身体生存

 とは、

 ――生き物が生存をし、活動をする過程のうち、精神に関わらぬ部分

 である。

 

 ……

 

 ……

 

 ――精神生活

 が了解をされるのに対し――

 

 ――身体生存

 は説明をされる。

 

 ――説明をされる。

 は、

 ――強制了解をされる。

 と置き換えてもよい。

 

 ……

 

 ……

 

 あるいは――

 

 ――「精神生活」とは何か。

 との問いには――

 千差万別の答えがある。

 

 が――

 

 ――「身体生存」とは何か。

 との問いには――

 さほど多くの答えが出されているわけではない。

 

 むしろ――

 その答えは、一般には、

 ――ひとつ

 と信じられている。

 

 果たして、そうか。

 

 ……

 

 ……

 

 『随に――』

精神生活の起源(30)

 ――“体の知覚体験”の痕跡

 と、

 ――“脳の自発変化”の軌跡

 との“掛け合わせ”を――

 分け解(ほど)くことに――

 いかなる意義を見出せるのか。

 

 ……

 

 ……

 

 一個の体について、“分け解(ほど)き”に成功をしたからといって――

 何か学術的に普遍性のある知見が得られることは、ありそうもない。

 

 その体の持ち主に詳細な“思い出のアルバム”を与える――

 といった以上の意義は、見出せぬ。

 

 が――

 

 ……

 

 ……

 

 そうした“分け解き”を――

 数百とか数千とか、あるいは、数万とか数億とかの個体で行ったら、どうか。

 

 ……

 

 ……

 

 当然ながら――

 各個体の、

 ――脳の神経基板

 や――

 その“基板”を彩る、

 ――脳の神経模様

 は――

 各個体に固有であるに違いない。

 

 が――

 

 たとえ、そうした固有性に分け隔てられているにしても――

 互いに分け解いた、

 ――“体の知覚体験”の痕跡

 と、

 ――“脳の自発変化”の軌跡

 との組み合わせが――

 数百とか数千とか、あるいは、数万とか数億とかの数で、精確に記録に残されているのであれば――

 それぞれの組み合せでの対応関係を一つひとつ明らかにしていくことで――

 おそらくは、

 ――脳の作動原理

 の断端を垣間見ることができる。

 

 ひょっとすると、

 ――断端

 ではなく――

 その、

 ――全容

 を明らかにできるかもしれぬ。

 

 『随に――』

精神生活の起源(29)

 人工知能の技術が存分に改良をされ――

 脳に含まれる約 1,000 億個の神経細胞の相互の繋がりが――

 ほんの僅かな時間で全てを明らかにできるようになった――

 と仮定をしよう。

 

 そうしたら――

 何が判るのか。

 

 ……

 

 ……

 

 ――脳の細胞基板

 の細かな造りが判る。

 

 ……

 

 ……

 

 それが判ったら――

 何が判るのか。

 

 ……

 

 ……

 

 おそらく、

 ――脳の神経模様

 と、

 ――心の精神生活

 との間にあるであろう一対一の対応関係の全てを――

 一定の期間で――数日とか、数か月とか、数年とかいった期間で――

 余すことなく観ることによって――

 

 ――“体の知覚体験”の痕跡

 と、

 ――“脳の自発変化”の軌跡

 との“掛け合わせ”を――

 分け解(ほど)くことができる。

 

 その体の持ち主が過去に体験をしてきた知覚の全てを時系列で蘇らせることができ――

 その脳で過去に発生をしてきた自発的な変化の全てを時系列で追いかけることができる。

 

 ……

 

 ……

 

 では――

 

 このような“分け解き”に――

 いったい、いかなる意義を見出せるのか。

 

 ……

 

 ……

 

 その体の持ち主にとっては――

 それまでの自分の人生を精確に振り返ることができる。

 

 いわば――

 思い出のアルバム写真を見返すような意義である。

 

 が――

 

 ……

 

 ……

 

 その意義に学術的な普遍性があるとはいえぬ。

 

 その体の持ち主の心の中で完結をする意義に過ぎぬ。

 

 ……

 

 ……

 

 何か学術的な普遍性のある意義は見出せぬのか。

 

 ……

 

 ……

 

 『随に――』

精神生活の起源(28)

 ――精神生活

 は、現在の心の営みであるだけではなくて――

 過去から現在に至るまでの、あらゆる心の営みの縒(よ)り合わせである――

 といえる。

 

 それは――

 直接には、

 ――脳の精神模様

 の反映であるが――

 

 その“模様”の彩り方は、

 ――脳の細胞基板

 の細かな作りに依存をしていると考えられる以上――

 

 ――精神生活の起源

 は、

 ――脳の細胞基板

 に求めるのが、よい――

 といえる。

 

 では――

 その“基板”の細かな作りを明らかにすれば、

 ――精神生活の起源

 を見極め、

 ――精神生活

 を詳らかにできるはずである。

 

 ……

 

 ……

 

 が――

 

 それは――

 今の科学技術では無理なのである。

 

 ――脳の細胞基板

 の造りを明らかにするには――

 少なくとも神経細胞間の繋がりを全て明らかにせねばならぬ。

 

 脳に含まれる約 1,000 億個の神経細胞の一つひとつについて――

 どの他の神経細胞と接合部――シナプス(synapse)――を持っているかを――

 全て明らかにせねばならぬ。

 

 わずか数百個の神経細胞から成る線虫で――

 それらの繋がりが調べられたことがあった。

 

 1970年代のことである。

 

 当初の予測に反し――

 全てを明らかにするのに、10 年以上の歳月を要した。

 

 なぜ、そんなに時間がかかったのか。

 

 神経細胞間の繋がりを明らかにするには――

 それらの繋がりを、最終的には、どうしても人の目で追う必要があったからである。

 

 それから 50 年くらいが経って――

 2020年代の現代では、少しは作業を効率的にしうるであろうが――

 

 神経細胞間の繋がりを人の目で追う限りは――

 同様の困難からは逃れられぬ。

 

 人工知能の技術の活用などで――

 状況が著しく改善をされように願うしかない。

 

 『随に――』

精神生活の起源(27)

 まとめよう。

 

 ――精神生活

 は、直接には、

 ――脳の神経模様

 の反映と考えられるが――

 

 その“模様”は、あくまでも、

 ――脳の細胞基板

 を彩っているのであり――

 

 その彩り方は、

 ――脳の細胞基板

 の細かな造りに依存をしていると考えられる。

 

 このため――

 もし、

 ――精神生活の起源

 を自然の何かに求めるならば――

 それは、

 ――脳の神経模様

 ではなく、

 ――脳の細胞基板

 である――

 といえる。

 

 ――脳の細胞基板

 には、

 ――“体の知覚体験”の痕跡

 と、

 ――“脳の自発変化”の軌跡

 との“掛け合わせ”が記録をされていて――

 その記録は――

 その体の持ち主が、この世に生まれ出てから、あの世へ旅立って逝くまでの間――

 延々と続けられる。

 

 よって、

 ――精神生活の起源

 は、

 ――脳の細胞基板

 に求めるのがよい――

 ということは――

 

 つまり――

 

 ――精神生活

 は、現在の心の営みであるだけではなくて――

 過去から現在に至るまでの、あらゆる心の営みの縒(よ)り合わせである――

 ということを示している。

 

 『随に――』

精神生活の起源(26)

 ――精神生活の起源

 を、

 ――脳の細胞基板

 に求め――

 その“基板”に――

 この世に生まれ出てから、あの世へ旅立って逝くまでの間、

 ――“体の知覚体験”の痕跡

 と、

 ――“脳の自発変化”の軌跡

 との“掛け合わせ”が延々と記録をされ続けるのであれば――

 

 ――精神生活

 は、

 ――過去の精神生活の全て――精神生活の歴史――精神史

 を背負っている――

 と、いえることになる。

 

 それは――

 精神医療の現場で――

 医師が、患者の生活史の全てを訊き出すこと――

 に符号をする。

 

 一般に――

 人の、

 ――精神生活

 は、

 ――現在

 が全てなのではなく――

 むしろ、

 ――過去

 に負うところが大きい。

 

 これまでに、いかなる、

 ――精神生活

 を送ってきたのか――

 それが――

 今いかなる

 ――精神生活

 を送っているのか――

 の大部分を決めている。

 

 ――脳の細胞基板

 も――

 そのような造りになっているはずだ。

 

 『随に――』

精神生活の起源(25)

 ――脳の神経模様

 の振る舞いを一定の期間、詳細に観ることで、

 ――脳の細胞基板

 の細かな造りを精確に推し量ることができる――

 と考えられる。

 

 が――

 ここで忘れられぬことが一つある。

 

 それは、

 ――脳の細胞基板

 には、

 ――“体の知覚体験”の痕跡

 と、

 ――“脳の自発変化”の軌跡

 との“掛け合わせ”が記録をされていて――

 それらのうち、

 ――“脳の自発変化”の軌跡

 の方は、

 ――脳の自発変化

 が全くの無作為であると考えられることから――

 殆ど予測ができぬ“軌跡”であるに違いない――

 ということだ。

 

 殆ど予測ができぬ“軌跡”であれば――

 当然のことながら――

 その“軌跡”を逆向きに辿る時も――

 殆ど予測はできぬ。

 

 つまり――

 逆向きに最後まで――いいかえれば、「出生時まで」――辿らねば――

 ――“脳の自発変化”の軌跡

 の全容を掴むことはできず――

 ひいては、

 ――脳の細胞基板

 の細かな造りを精確に推し量ることもできぬ――

 ということである。

 

 このことは――

 精神医療の経験則と――

 不思議に合致をする。

 

 精神医療の現場では、通常――

 医師は、患者の生活史の全てを訊き出す。

 

 ――出生時から現在までの全てを――

 である。

 

 そうせねば――

 診断を間違えやすくするからである。

 

 『随に――』

精神生活の起源(24)

 この世に生まれ出てから、あの世へ旅立って逝くまでの間に、

 ――“体の知覚体験”の痕跡

 と、

 ――“脳の自発変化”の軌跡

 との“掛け合わせ”が、

 ――脳の細胞基板

 に延々と記録をされ続けるのであれば――

 

 ――脳の細胞基板

 を詳しく解き明かすことで――

 その体の持ち主の精神生活の歴史――精神史――を出生時の過去にまで遡ることができよう。

 

 なぜならば――

 

 ――心の精神生活

 は、

 ――脳の神経模様

 に、おそらくは厳密に対応をしていて――

 その“模様”は、

 ――脳の細胞基板

 に従属をしているはず――

 と考えられるからである。

 

 ――脳の神経模様

 の振る舞いを一定の期間、詳細に観ることで、

 ――脳の細胞基板

 の細かな造りを精確に推し量ることができるのではないか。

 

 ……

 

 ……

 

 むろん―― 

 それには、膨大な量の解析を要する。

 

 何しろ、

 ――脳の細胞基板

 に占める神経細胞だけでも、約 1,000 億個である。

 

 神経膠細胞(しんけいこうさいぼう)も加えれば――

 その数倍ないし数十倍の数となる。

 

 それら細胞が、1つの組織となって、

 ――“体の知覚体験”の痕跡

 と、

 ――“脳の自発変化”の軌跡

 との“掛け合わせ”を記録に留め置く――

 

 その記録の復元は――

 21世紀序盤の現代の科学技術の力では――

 到底、不可能である。

 

 が――

 原理的には、不可能ではあるまい。

 

 ――“体の知覚体験”の痕跡

 に絡まった、

 ――“脳の自発変化”の軌跡

 を1つひとつ丹念に解きほぐしていくことに――

 何か原理的な障壁があるようには思われぬ。

 

 将来、人の科学技術が、更に進歩を遂げ――

 例えば、人工知能の性能が桁違いに強力となれば――

 可能ではなかろうか。

 

 『随に――』

精神生活の起源(23)

 ――“体の知覚体験”の痕跡

 に、

 ――“脳の自発変化”の軌跡

 が絡まることで、“掛け合わせ”が起こり――

 それが、

 ――脳の細胞基板

 に記録をされていく――その体の持ち主が、この世に生まれ出てから、あの世へ旅立って逝くまでの間に――

 

 ……

 

 ……

 

 ところで――

 その記録は――

 ――脳の細胞基板

 の――

 どこに――

 どんな形で――

 書き込まれるのか。

 

 ……

 

 ……

 

 ――脳の細胞基板

 とは、

 ――“脳の生理現象”の器質的基盤

 であった。

 

 それは――

 端的にいえば――

 神経細胞の数や、それぞれの神経細胞の内部の造り、あるいは、それぞれの神経細胞の相対的な位置――他の神経細胞との接合部――シナプス(synapse)――の1つひとつの状態で決まる仮想的な位置――などを指す。

 

 よって、

 ――“体の知覚体験”の痕跡

 と、

 ――“脳の自発変化”の軌跡

 との“掛け合わせ”は――

 その“基板”の神経細胞に記録をされる――

 と考えるのが自然だ。

 

 精確には、

 ――神経細胞から成る組織

 に記録をされる。

 

 ここでいう「組織」とは、

 ――形態や機能が同じである細胞の集合体

 である。

 

 神経細胞から成る組織では――

 1つひとつの神経細胞が、シナプスを介し、他の神経細胞と互いに影響を及ぼし合っている。

 

 それらシナプスの1つひとつの状態が変動をすることで――

 神経細胞から成る組織は、

 ――“体の知覚体験”の痕跡

 と、

 ――“脳の自発変化”の軌跡

 との“掛け合わせ”の記録を――

 留め置く。

 

 が――

 

 おそらくは、神経細胞だけではない。

 

 神経細胞の近傍に在る他の種類の細胞――神経膠細胞(しんけいこうさいぼう)――も――

 きっと何らかの形で、記録を留め置く役割を果たしている。

 

 具体的に、どのような役割を果たしているのか。

 

 それは判らぬ。

 

 が――

 神経細胞から成る組織とは――

 おそらく、そのようなものだ。

 

 神経細胞だけではない――

 あらゆる体の細胞から成る組織には――

 しばしば人知の及ばぬ秩序が秘められている。

 

 『随に――』

精神生活の起源(22)

 ――脳の自発変化

 は、独自性を帯び、

 ――体の知覚体験

 は、個別性を帯びる。

 

 これら、

 ――独自性

 と、

 ――個別性

 との掛け合わせが、

 ――脳の神経模様

 に固有性を齎(もたら)す。

 

 その“掛け合わせ”の行われる場こそが――

 

 ――脳の細胞基板

 である。

 

 ……

 

 ……

 

 ――“体の知覚体験”の痕跡

 が、

 ――脳の細胞基板

 に“刻印”をされる時――

 

 おそらく――

 それら“痕跡”の一つひとつが、全て、

 ――“脳の自発変化”の軌跡

 と“照合”をされる。

 

 その“照合”の集積が、

 ――脳の細胞基板

 へと埋め込まれていく――この世に生まれ出てから、あの世へ旅立って逝くまで――

 

 その“基板”の上に現れる活動の様式こそが、

 ――脳の神経模様

 に他ならぬ。

 

 ……

 

 ……

 

 ――脳の神経模様

 は、

 ――脳の細胞基板

 からの束縛を――

 越えることができぬ。

 

 つまり、

 ――“体の知覚体験”の痕跡

 に、

 ――“脳の自発変化”の軌跡

 が絡まることで、“掛け合わせ”が起こり――

 それが、

 ――脳の細胞基板

 の性能を決め、

 ――脳の神経模様

 の性状を決める。

 

 おそらく――

 

 ――“体の知覚体験”の痕跡

 は、後天的な因子であり、

 ――“脳の自発変化”の軌跡

 は、先天的な因子である。

 

 これら2つの因子の“掛け合わせ”が、

 ――精神生活の起源

 である。

 

 それは――

 端的にいえば、

 ――脳の細胞基板

 である。

 

 『随に――』