マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

2021-03-01から1ヶ月間の記事一覧

その歌は輪廻転生的な世界観で歌われている

――死んだ後の者と生まれる前の者とが同じ世界を分け合っている。 というところに、いわゆる輪廻転生的な世界観の本質があるのではないか―― ということを、きのうの『道草日記』で述べました。 こう述べたときに―― 僕の念頭にあったのは―― いわゆるチャリティ…

死んだ後の者と生まれる前の者とが同じ世界を分け合っている

――“死者の世界”と“生者の世界”との対比 には注意が必要である―― ということを、きのうの『道草日記』で述べました。 少なくとも、 ――“死者の世界”と“生者の世界”とが対等に隣接をしている。 とは、いいがたい、と―― …… …… ――死者の世界 は、おそらくは、広大…

“死者の世界”と“生者の世界”との区別

――亡くなった人に語らせる。 という演出は、 ――死者の世界に閉じている。 という条件を満たす限り、 ――外連 として許されうるのではないか―― ということを、きのうの『道草日記』で述べました。 …… …… 今、 ――死者の世界に閉じている。 と述べました。 ここ…

死者の世界に閉じている

――Do not stand at my grave and weep の詩が、なぜ、 ――主張の押し付け ではなく、 ――提案 であると感じられるのかについて―― 3日ほど前から考えています。 きのうの結論は、 ――亡くなっている人が、まだ生きている誰かのためにではなく、自分自身のために…

『Do not stand at my grave and weep』は、なぜ提案なのか――続き

――Do not stand at my grave and weep の詩が、 ――主張の押し付け ではなく、 ――提案 であると感じられる理由について―― きのうの『道草日記』で述べました。 その理由の1つとして、 ――媒体が詩であるから―― と述べました。 他の理由は何でしょうか。 …… ………

『Do not stand at my grave and weep』は、なぜ提案なのか

――Do not stand at my grave and weep の詩は、 ――提案 である―― ということを、きのうの『道草日記』で述べました。 亡くなった人は、墓の中にいるのではなく―― 例えば、風になって辺りを吹いていると考えてみてはどうか―― という内容の提案である、と―― ………

『Do not stand at my grave and weep』は提案

――亡くなった人に語らせる。 という演出は―― それが、まだ生きている誰かの弁護や釈明ならば―― 幅広く共感をされることはない―― ということを、きのうの『道草日記』で述べました。 まだ生きている誰かの弁護や釈明がダメならば―― いったい何がよいというの…

「亡くなった人に語らせる」の外連

――亡くなった人に語らせる。 という演出について―― きのうの『道草日記』で述べました。 そのような演出は―― やり方を間違えなければ、十分に人の心を動かしうる、と―― …… …… ――やり方を間違える。 とは、どういうことでしょうか。 …… …… 色々な間違え方があ…

「ケレン味」や「外連」で思い浮かべること

――ケレン味 や、 ――外連(けれん) のことを考えていると―― どうしても思い浮かべてしまう具体例があるのです。 それは、 ――亡くなった人に語らせる。 という演出です。 そういう演出は、 (どう考えても外連だよなぁ) と、僕は思うのです。 なぜならば―― …

「外連」や「ケレン味」の本質

――外連(けれん) が多様な意味をもつのに対し、 ――「外連」の反対 は一様な意味しかもたないのではないか―― ということを、きのうの『道草日記』で述べました。 ――外連 を円の円周に喩えるなら、 ――「外連」の反対 は円の中心に喩えられるのではないか―― と…

「外連」の反対は?

――ケレン味 や、 ――外連(けれん) のことについて、もっと考えようと思い―― (「外連」の反対は何だろうか) と考えてみました。 色々と候補はみつかっています。 ――本道 とか、 ――正統 とか―― …… …… が―― どれも違う気がするのですよね。 …… …… ――本道 の…

ケレン味 - ハッタリ - 誤魔化し = ?

――ケレン味 は、 ――ハッタリ や、 ――誤魔化し の雅語である―― ということを、3月12日の『道草日記』で述べました。 それは、その通りと―― 今も思うのですが―― …… …… ここ数日―― これまでとは少し違った切り口で、 ――ケレン味 について考えています。 それは…

芸の宿命

いわゆる芸事に関し、 ――ケレン味がない。 という貶(けな)し言葉は嫌いである―― ということを、3月10日の『道草日記』で述べました。 一方、 ――ケレン味には危険性が潜む。 ということを―― 3月17日の『道草日記』で述べました。 それで気づいたのですが―― …

「オリンピッグ」のケレン味

――オリンピッグ の演出計画について―― きのうの『道草日記』で述べました。 この計画を示したとされるのは―― 東京オリンピック・パラリンピックの開会式・閉会式の企画や演出の統括をされていたクリエイティブ・ディレクター(creative director)の方です。…

ケレン味の危険性が露わになった

日本語の「オリンピック(Olympic)」の、 ――ピック と―― 英語の「pig(ブタ)」の、 ――ピッグ とを掛け、 ――オリンピッグ とし―― 日本の女性のタレントさんにブタの仮装をさせる演出計画が―― 昨年の3月に提案をされていたそうですね。 そのタレントさんは―…

歴史物語 = 歴史 + ケレン味

――歴史物語 という言葉があります。 意味は2つほどあって―― 1つは、 ――平安期以降、歴史的事実を題材に仮名文で物語風に著された歴史書 で―― もう1つは、 ――歴史的事実を題材にした小説や、それに類する作品 です。 前者は、狭義の「歴史物語」であり―― …

ケレン味――わかる人には1回でわかる

――ケレン味は多様であるがゆえに、その趣向ないし嗜好の共有は困難である。 ということを、きのうの『道草日記』で述べました。 簡単にいうと、 ――ケレン味の共有の期待は無理―― ということです。 このことは―― ケレン味を論じ、あるいは、ケレン味を扱う者…

ケレン味の趣向の共有は困難

――女性の色気 に関わるケレン味に、僕は興味をもっている―― ということを、きのうの『道草日記』で述べました。 逆に―― 全く興味のないケレン味についても、少し述べましょう。 僕は、 ――理性からの逸脱 に関わるケレン味には、ほとんど興味がありません。 …

「ケレン味」って、そういうこと

――ケレン味の多様性や趣向を考えずに、いくらケレン味を論じても、空理・空論に終わる。 ということを―― 4日前の『道草日記』で述べました。 ここでいう「趣向」は、ほとんど、 ――嗜好 といったほうがよい代物であることは―― きのうの『道草日記』で述べた通…

「ケレン味」や「外連」は「ハッタリ」や「誤魔化し」の雅語

――ケレン味 や、 ――外連(けれん) には、良い意味と悪い意味とがある―― ということを、きのうの『道草日記』で述べました。 悪い意味というのは―― たんなる、 ――ハッタリ や、 ――誤魔化し です。 良い意味というのも―― 実は、 ――ハッタリ や、 ――誤魔化し …

東日本大震災の追悼企画に要らないこと

――ケレン味がある。 という誉め言葉は好きだが、 ――ケレン味がない。 という貶(けな)し言葉は嫌いだ―― ということを、きのうの『道草日記』で述べました。 こう述べると、 「ケレン味がある」= 誉め言葉 「ケレン味がない」= 貶し言葉 の図式が成り立つ…

「ケレン味がある」「ケレン味がない」

いわゆる芸事について、 ――「ケレン味がある」は、ほぼ間違いなく誉め言葉である。 ということを、4日前の『道草日記』で述べました。 裏を返せば、 ――「ケレン味がない」は、ほぼ間違いなく貶(けな)し言葉である。 ということになります。 …… …… 僕は、 ―…

ケレン味の多様性や趣向

――ケレン味 について考えています。 とりわけ、 (「物語のケレン味」って、何だろう?) と―― …… …… きのうの『道草日記』で―― 僕がみた夢のことを述べました。 解離性(かいりせい)遁走(とんそう)という記憶喪失らしき症状を発し、 (1日分の記憶がな…

1か月分の記憶をなくしていると……

昨夜、夢をみました。 僕は、中国地方で――たぶん、岡山や兵庫あたりで――精神科医をやっていて―― 四国に――たぶん、愛媛か高知あたりに――出張に来ていました。 そのときの僕は、どういうわけか疲れていて―― 主張の用事を済ませ、広島経由で自宅のある岡山か兵…

教養のある人とは?

――いわゆる「歴史の綾」というのは“ケレン味のなさが織り成すケレン味のこと”である。 ということを、きのうの『道草日記』で述べました。 これは、 ――歴史の綾 に限らず、 ――歴史全般 あるいは、 ――歴史学全般 あるいは、 ――学問全般 について―― いえること…

ケレン味のなさが織り成すケレン味のこと

織豊期に起こった本能寺の変には、 ――ケレン味のなさに潜む現実の凄み が感じられる―― ということを、きのうの『道草日記』で述べました。 ――ケレン味 は、 ――外連味 と書きます。 ――人目を惹くようにハッタリをきかせたり、人目を楽しませるための誤魔化し…

本能寺の変:ケレン味のなさに潜む現実の凄み

――織田信長は判官びいきをされている。 ということを、おとといの『道草日記』で述べました。 ――織田信長 に、 ――判官びいき という組み合わせは―― なんだか、とても不思議な気がします。 が―― 僕は、 (間違いない) と思っています。 織田信長は判官びいき…

「明智光秀の乱」は誰の視点か

織豊期に起こった本能寺の変について―― この、 ――本能寺の変 という呼称は、あくまで織田信長の視点である―― ということを、きのうの『道草日記』で述べました。 ところで―― 本能寺の変については、 明智光秀の乱 = 本能寺の変 + 山崎の戦い の図式に基づ…

「本能寺の変」は織田信長の視点

織豊期に起こった本能寺の変について、 明智光秀の乱 = 本能寺の変 + 山崎の戦い の図式が成り立つことを―― きのうの『道草日記』で述べました。 一方―― 室町期に起こった嘉吉(かきつ)の変について、 嘉吉の乱 = 嘉吉の変 + 播磨(はりま)の戦い の図…

嘉吉の変や本能寺の変について成り立つ2つの図式

室町期に起こった、 ――嘉吉(かきつ)の変 は、収束までに約3か月を要したので、争いの開放性が高まり、 ――乱 ともみなされたが―― 織豊期に起こった、 ――本能寺の変 は、収束までに約10日しか要さなかったので、争いの閉鎖性が高まり、 ――乱 とはみなされな…