マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

ケレン味の多様性や趣向

 ――ケレン味

 について考えています。

 

 とりわけ、

 (「物語のケレン味」って、何だろう?)

 と――

 

 ……

 

 ……

 

 きのうの『道草日記』で――

 僕がみた夢のことを述べました。

 

 解離性(かいりせい)遁走(とんそう)という記憶喪失らしき症状を発し、

 (1日分の記憶がなくなってるのかな)

 と思っていたら――

 実際には1か月分の記憶がなくなっていた――

 という夢です。

 

 この夢での体験をもとに物語を紡ぐ場合に、

 ――物語のケレン味

 といったら――

 いったい何を指すのでしょうか。

 

 ……

 

 ……

 

 もし――

 ケレン味のない物語に仕上げるとしたら――

 

 夢でみた通りの物語にすることです。

 

 主人公を40代の男性の精神科医にして――

 舞台を現代の西日本にする――

 

 が――

 

 もし――

 ケレン味のある物語に仕上げるとしたら――

 

 例えば――

 主人公を10代の女性――精神医学にやたらと詳しい女子高生――にしたり、精神科医に飼われている猫にしたり、精神科医に愛用をされている万年筆にしたりする――

 あるいは――

 舞台を遠未来の東京にしたり、中世のヨーロッパにしたり、解離性遁走を起こさない者が異常とみなされている異世界にしたりする――

 

 そういったことが考えられます。

 

 そのように考えてみて――

 1つわかることは――

 

 一言で、

 ――ケレン味

 といっても――

 それには、

 ――呆れるほどに膨大な多様性がある。

 ということです。

 

 ケレン味のある主人公は、何も、

 ――精神医学にやたらと詳しい女子高生

 だけではなく、

 ――40歳を過ぎてから医学生になった主婦

 とか、

 ――古代ギリシャから転生をしてきた老医学者

 とか、

 ――地球へ偵察にきている宇宙人

 とかでもよいわけです。

 

 あるいは――

 ケレン味のある舞台は、何も、

 ――遠未来の東京

 だけではなく、

 ――江戸期の大坂

 とか、

 ――日本製の宇宙植民都市

 とか、

 ――元寇で征服をされた日本

 とかでもよいわけです。

 

 よって、

 ――ケレン味

 という言葉を使うときに最も大切なことは、

 ――どんな趣向のケレン味か。

 ということです。

 

 あるいは、

 ――自分の好きなケレン味は何か。あるいは、嫌いなケレン味は何か。

 ということです。

 

 ケレン味の多様性や趣向を考えずに、いくらケレン味を論じても――

 ただの空理・空論で終わるに違いありません。