マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

「外連」や「ケレン味」の本質

 ――外連(けれん)

 が多様な意味をもつのに対し、

 ――「外連」の反対

 は一様な意味しかもたないのではないか――

 ということを、きのうの『道草日記』で述べました。

 

 ――外連

 を円の円周に喩えるなら、

 ――「外連」の反対

 は円の中心に喩えられるのではないか――

 ということです。

 

 もし――

 そうであるならば、

 ――「外連」の反対

 は、

 ――画一

 かもしれません。

 

 あるいは、

 ――一律

 かもしれません。

 

 とにかく、「一」が含まれる言葉です。

 

 おそらく、

 ――外連

 や、

 ――ケレン味

 の本質は、

 ――自由

 とか、

 ――縛られない

 とかいうことにあるのでしょう。

 

 ――不自由な外連

 とか、

 ――縛られたケレン味

 とかいうのは――

 おそらく、

 ――外連

 や、

 ――ケレン味

 の本質を失っています。

 

 ――外連

 や、

 ――ケレン味

 の自由は――

 おそらく無限大です。

 

 それは――

 円について――

 円周が中心に比べて無限大であるのと同じ意味です。