マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

口調は大切だ

 今日、新幹線の指定席に座っていたら――
 二人の小さな子供を連れたお母さんが乗ってきた。

 子供たちを空席に促し、自分は通路に立っている。

 怪訝そうな子供たちに、
「お席が一つしか取れなかったの」
 と、お母さん――

「ここ、あいてるよ」
 と、子供たち――

「そこには座れないの」
「どうして?」
「他の人が座るの。ママの席は、あっち――」
「え~、行かないでよ、ママ――」

 距離にして3メートルも離れていないのだが――
 子供たちには、かなり遠くに感じられるようである。

 お母さんと離れ、見知らぬ大人たちに囲まれて座るのが――
 何となく恐しかったのであろう。

 そこへ――
 子供たちの隣に座る乗客がやってきた。

 体格の良いオジさんである。
 年頃は50代ないし60代――

 お母さんが事情を説明し、
「――なので、座席を交換して頂けませんか?」
 と、お願したところ、
「ああ、いいですよ」
 と、明朗で快活な返事があった。

 いかつい背広姿で、禿げ上がった後頭部は貫禄満点であったのだが――
 そうした風貌からは、およそ想像のつかない口調であった。

 かくして――
 めでたく親子は離れ離れにならずに済んだわけであるが――

 なんということはない――
 ごく常識的な一幕である。

 もし、お母さんの申し出が拒絶でもされていれば――
 かえって事件になっていたのだが――
 実際には拒絶などされなかったわけで――
 事件でも何でもなかったのである。

 それなのに、なぜか――
 この一幕に心が洗われた。

 なぜだろう?
 たった、これだけのことなのに――

 わからない。

 が――
 たぶん――

 オジさんの声が、妙に爽(さわ)やかな響きをもっていたからだと思う。

 ――ああ、いいですよ。

 その口調が、若いお母さんを労(いたわ)る気持ちでイッパイだったからだ。

 口調は大切だ。
 言葉以上のことを伝える。