マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

ベアトリーチェを思い出す

 昨日の未明――
 京都府の16歳の少女が、手斧で父親の首を切ったという。

 少女は、美術関係の専門学校に通っており、

 ――真面目で大人しい娘(こ)

 と、評判であったらしい。

 事前の準備は周到であったという。

 例えば――
 犯行の時は、黒いワンピースに着替えていたそうだ。

 少女は、犯行理由を、

 ――父親の女性関係がイヤだったから――

 とも、

 ――よく父親にぶたれていたから――

 とも語っているらしい。
 かなり冷静な物言いで、後悔や反省の色はないという。

 こうした報道で、すぐに思い出されたのは――
 ベアトリーチェ・チェンチのことであった。

 16世紀のイタリアの貴族の娘で――
 絶世の美少女であったという。

 が、「父殺し」の異名をとる。

 22歳のときに――
 密かに父親を撲殺し、その後、ことが露見――
 司直の拷問を受け、罪を認め、断頭台の露と消えた。

 僕がベアトリーチェに興味を持ったのは、ベアトリーチェ肖像画をみてからだ。
 グイド・レーニという同時代人によって描かれた。

 すばらしい肖像画である。
「レーニ」「ベアトリーチェ」でネット検索すれば、すぐにもヒットする。

 京都の事件から直ちにベアトリーチェを連想したのは――
 不謹慎であったかもしれない。

 ベアトリーチェが父殺しを決意したのは――
 父親から繰り返し性的暴行を受けたからだという。

 だから――
 世間の風潮は、当時も今も、ベアトリーチェに同情的だ。

 とはいえ――
 400年前の話である。

 真実はわからない。
 虚構化の可能性は十分にある。

 予断を許さないという点では――
 京都の事件と同じである。