今まで、
(イヤな人だな)
と思っていたのに――
その人の意外な一面をみせられて、
(そうでもないな)
と思い直すことは、よくあります――少なくとも僕の場合は――
元プロ野球選手で野球評論家の張本勲さんは、日曜の朝のニュース情報番組で、強面の評論で目立っている方ですが――
この方のことを、僕は、どうにも好きになれなかったのですよ。
張本さんは現役時代に通算安打数3085本を記録しています。
この記録は、先頃、メジャーリーグのイチロー選手が破るまでは、超越的な記録と思われていました。
かなりの一流選手でも2000本安打がやっとなのですから――
イチロー選手だって、日本のプロ野球とアメリカのメジャーリーグとの通算記録で破ったにすぎません。
メジャーリーグは年間試合数が1~2割ほどプロ野球よりも多いので、イチロー選手の新記録は参考記録といわざるをえないのです。
そんな大記録を打ち立てた張本さんに強面で評論されたら、誰も何もいえませんよ。
それがプロの厳しさだといえば、それまでですが――
でも、一介の野球ファンにしてみたら、毎週、TV画面で不機嫌そうな強面ばかりをみせられていたら、負のイメージが蓄積していくに決まっています。
(もう少し人間味のある評論をしてもいいんじゃないの)
と思うことが何度もありました。
ところが――
昨日の新聞をみていて、
(おや?)
と思ったのです。
張本さんが原爆体験を語っておられる記事でした。
広島で被爆されていたのだそうですね。
5歳のときだそうです。
記事の見出しは、
――姉のうめき声、今も耳に――
とあります。
張本さんは、6歳年上のお姉さんのことが大好きで、いつも隣でご飯を食べていました。
そのお姉さんが勤労奉仕先で被爆します。
色白で背の高かったお姉さんは、全身に火傷を負って、みるも無惨な姿で帰って来たそうです。
張本さんは涙が止まらなかったようなのですね。
やがて、お姉さんは亡くなります。
「姉のうめき声」というのは、そういうことなのですね。
その後、張本さんはプロ野球選手になり、最多安打記録を打ち立てるわけですが――
体力の衰えを感じ始めると、
――もしかして被爆の後遺症か?
と不安に苛まれたそうです。
ご自分の被爆を話されるようになったのは、ここ数年のことだそうですが――
プロ野球選手としての職業意識――弱みをみせたらやっていけなくなるという職業意識――が被爆の体験談を封殺していたのではないかと想像します。
そういえば――
*
去年であったか一昨年であったか――
春先の日本でメジャーリーグの試合の開催されたことがありました。
すでにプロ野球の公式戦が始まってました。
――なぜ、この時期にアメリカのメジャーリーグの試合を日本でやるのか。迷惑だ。
張本さんは、そう発言されました。
張本さんが現役であった頃と今とでは、時代が違います。
イチロー選手など多くのプロ野球選手が太平洋を渡って活躍をしており、メジャーリーグよりプロ野球のほうが面白いと思っているファンも大勢いるなかで――
張本さんの発言は、体のよい時代錯誤にきこえました。
が――
張本さんご自身が被爆されているのなら、違う側面がみえます。
張本さんは、アメリカ人の身勝手な理屈に腹を立てておられたのでしょう。
メジャーリーグの試合をプロ野球の公式戦にぶつけてくることの延長に、広島や長崎の一般市民を大量に虐殺した傲慢さが感じられたのかもしれません。
今にして思えば――
あれは、張本さんが放った強烈な人間味の飛沫ではなかったでしょうか。