文意は平易で明快であるが――
真意は難解で深遠である――
それが――
名文というものでしょう。
大切なのは、
――平易で明快なのに、難解で深遠である。
という逆説の性質です。
喩えるなら――
文意は、中学・高校生にも伝わるが――
真意は、老齢の哲学者でも掴み難い――
ということです。
例えば、
おごれる人も久しからず
ただ春の夜の夢のごとし
たけき者も遂には滅びぬ
ひとえに風の前の塵に同じ
は、『平家物語』の冒頭の一節ですが――
この現代語訳、
思い上がる人も長続きはしない
ただ春の夜の夢のようである
強い者も結局は滅びてしまう
ひとえに風の前の塵と同じだ
は、平易で明快です。
が――
真意は難解で深遠です。
――春の夜の夢
や、
――風の前の塵
が何を意味しているのか――
――思い上がること
が「春の夜の夢」のようだといっているのか――
――強い者
が「風の前の塵」のようだといっているのか――
もし、そうなら――
なぜ、そういえるのか――
“春の夜”は、“夏”や“秋”や“冬”の夜とは何が違うのか――
“強い者”は、いかにして“塵”とみなせるようになるのか――
……
……
そこから感じ、考えることは――
なかなか尽きません。