マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

人は勝手に育つもの

 よく、いわれることではあるが――

 最近、つくづく、こう思う――

 ――人は勝手に育つものであって、誰かが育てるものではない。

 と――
 組織の人材育成法についての見解だ。

 ――人が人を育てる。

 というのは、幻想だと思っている。
 せいぜい、

 ――人が育つのを邪魔しない。

 といった程度だ。

 組織の首脳部は、肝に銘じるとよい。

     *

 1つ注意すべきことがある。
 この話は、決してキレイ事では終わりにできぬ、ということだ。

 人が組織の中で育つということは、必ずしも良いことばかりではない。
 その人が、組織に合わぬ形で育つ場合がある。

 人は勝手に育つものである。
 育つ前に、何とか手を打とうというのは、あまり現実的ではない。

 ――育ってしまったものは仕方がない。

 と諦めるのが良い。

 ある人材が、組織に合わぬ形で育ってしまったら、どうするか。

 それは、もう――
 引き抜くしかないのである。

 雑草を引く抜くように排除する。

 悲しいが――
 それが最も現実的な対処である。

 もちろん――
 組織が、邪魔者に育ってしまった人材を活かす形で生まれ変われるのなら、いうことはない。
 が――それは理想論にすぎよう。

 邪魔者は除かねばならぬ。
 毅然と対処するのがよい。

 ただし――
 ある組織にとっての邪魔者が、ほかの組織にとっても邪魔者であるとは限らぬ。
 むしろ、きちんと育った人材であれば、他の組織にとっては、類い稀な逸材になっている可能性が高い。

 そういう場合は、排除することが、本人のためになる。

 キレイ事では終わりにできぬ――とは、そういうことである。