マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

世界史を必修にするくらいなら

 今日も、高校必修科目問題に絡む話から――

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 2003年度の指導要領より、世界史が必修となっているらしい。

 世界史には「世界史A」と「世界史B」とがある。
 世界史Aは、近現代史に力点が置かれている他、各文化圏の交流など、いわゆる「歴史の横糸」を重視した内容になっている。
 一方、世界史Bは各文化圏の通史に主眼が置かれ、「歴史の縦糸」を重視した内容になっている。
 僕が高校だった頃の世界史は、おそらく世界史Bに近い。

 世界史Bは、正直、あまり役に立つとは思えなかった。
 これを学ぶなら、もっと日本史を詳細に学ぶほうがよいと感じた。何しろ僕らは日本人なのだから――

 が、世界史Aは違う。
 これは役に立つ。少なくとも、この国に生まれ、世界各地の文化圏を俯瞰するときには、役に立つ。

 世界史を必修にするならば、世界史Aに限ったほうがよい。
 そして、大学も世界史Aで入試問題を作ればよい。そのほうが、はるかに学問的で、創造性あふれる作題を可能にする。

 ただし――
 世界史を必修にするならば、物理も必修にするべきであろう。
 そして、量子力学や相対論のイロハを教えるべきだ。
 これらのイロハを知らぬ人が多すぎる。
 世界史でいえば、市民革命や市場経済のイロハを知らぬに等しい。

 なぜ、物理を必修にできぬのか。
 おそらく、物理をキチンと学んだことのない者が、指導要領を決めているからだ。

 理科の他科目は独習が可能である。
 とくに生物などは常識論の積み重ねといってよい。

 が、物理は、そうではない。あれは思想である。特殊な思想に裏付けられた世界観である。
 誰か良くわかっている者に繰り返し教わらぬ限り、理解することは難しい。

 そういえば――
 世界史とて、常識論の積み重ねといえそうだ。社会という教科が、そもそも、そうなのだ。

 世界史を必修にするくらいなら――
 物理を必修にするべきではないか。

 独習が難しい科目を必修にするのがよい。