自動車の教習所に通っていた頃――
先生から、
――免許証と財布は一緒にするな。
といわれた。
「一緒するな」とは「財布の中に免許証を入れるな」という意味である。
いつも一緒に持ち運ぶ分には良いのだという。
なぜか。
一緒に持ち運んでも良いのなら、中に入れても良さそうだ。
理由の説明はなかった。
理由もわからぬアドバイスに従うつもりはない。
が、このときばかりは従うことにした。
その先生は、ひょんなことから酒席を共にするなどの御縁があったからである。
さらにいえば――
「一緒にするな!」
と、頭ごなしにいわれたのではなく――
「免許証と財布はね、一緒にしないほうがいいんだよ」
と、穏やかにいわれたからでもあった。
実際に、一緒にせぬように注意してみると――
理由が段々とわかってきた。
万一、紛失したときに、即、気づけるからである。
免許証を携帯しているという意識が、常に頭にこびりつくからだ。
財布の中に入れておくと、財布を携帯しているという意識はあっても、免許証を携帯しているという意識は薄い。
そのような意識では、何かの拍子に財布から取り出した際に、思わぬ形で紛失するかもしれぬ。
紛失しても、すぐに気づかぬ可能性が高い。
免許証を携帯している意識が弱いから、手違いで免許証が手元から消えても、平気だったりする。
が、いつも免許証を携帯している意識が強いと、ちょっとしたことで紛失に気づく。
実は今日――
免許証を紛失した。
カフェで会計を済ませたときに――
財布と同じポケットに入れているはずの免許証が、見当たらぬ。
おかしいと思って、すぐに家に帰ってみたが、みつからぬ。
再発行を覚悟した。
そのとき――
みつかった。
なんと――
ワイシャツの胸ポケットに入っていた。
手帳を入れるときに、免許証も一緒に入れてしまったらしい。
免許証を取得して10年くらいになるが――
こんなことは初めだ。
ずいぶん稀な手違いであった。
が――
その手違いに、その日のうちに気づけた。
教習所の先生のアドバイスのお陰だったと思っている。
アドバイスの中には、理由がわからなくても従っておけば得策になるものがある。