マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

動機が肝心

 自分の書きかけの小説をみて、
(あれ、これ、何を書こうと思ったんだっけな)
 と思うことが多いのですよね。

 いや、全く思い出せないということはなく、

 ――だいたい、こんな話にしよう。

 ということは覚えています。
 この先、主人公には、こういうことをさせよう、ああいうめにあわせよう――というふうに――

 でも、そうしたことを覚えていても、肝心のことが思い出せないのです。
 その小説を書こうと思った動機です。

 僕は何に突き動かされていたのか。

 その小説を、

 ――書かずにはいられない。

 と思わせた引き金は何だったのか。

 不思議なものです。
 そうした動機が思い出せないと、全然、続きを書く気がしないのですよね。

 書こうと思ったら、たぶん書けるのですよ。
 なぜなら、

 ――だいたいこんな話に――

 ということは覚えているのですから――

 十分な力量を備え、かつ自分の好みの作家さんの作品を読んでいて、
(あれ、この人、こんなにつまんなかったっけ?)
 と感じることがあるのですが――
 たぶん、動機を失ったままに書き上げてしまった作品なのでしょうね。