マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

いわゆる名文は

 いわゆる名文は、一つひとつの文章が短くなっています。
 音読をすれば歯切れがよい――

 このことは、現代文であろうと古文であろうと、基本的には同じです。

 例外はあります。

 とくに、平安期の古文に、あります。

 やたらと長い文章が頻出しているのに――
 なぜか名文なのです。

 読みやすく、かつ、その後も印象に残っている――

 そうした古文をよくみると――
 文章が長くても、一つひとつの意味のまとまりが明確に示され、それらが整然と配列されているのですね。

 もう少し踏み込んでいえば――
 助詞や助動詞の使い方が巧みなのです。

 もちろん、この「助詞や助動詞」というのは、古典文法に則った助詞や助動詞のことですが――

 そうした目で、さらに現代の名文をみてみると――
 意外なことに気づかされます。

 現代の名文は、一つひとつの文章は短いのですが、やはり、それらが整然と配列されている――
 短い文の各々が互いに有機的に結びついているように感じられる――
 つまり、一つひとつの文章が短ければよいというものではないのです。

 名文というのは――
 小さなパーツが幾つも調和しながら連なっている文のことでしょう。