マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

襟を正して生きていくことが少しは簡単に

 公的な場というのは、
 
 ――この場では自分の常識が通用しない。
 
 と思えるような場のことである、と――
 僕は考えております。
 
 自分の常識が通用しないのですから――
 自分の言動には最新の注意を払いますよね。
 
 それは、極度の緊張です。
 
 例えば、
 
 ――ちょっとでも誰かを不快にさせたら、自分の身の安全はないかもしれない。
 
 というように――
 
 大切なことは――
 万人が、そのように思って緊張している場である――
 ということです。
 
 誰か特定の人たちだけが緊張している場であれば、公的ではありません。
 
 また――
 大部分の人たちが、「この場では自分の常識が通用しない」と思っていても――
 ごく一部の人たちが、「この場では自分の常識が通用する」と思っていたら――
 その場は、もはや本当の意味では、公的ではありません。
 
 つまり――
 本当の意味での「公的な場」というのは、たぶん、この世に実在しないのであろう――
 ということを僕はいいたいのです。
 
 でも、
(そういう場があったらいいのに……)
 とは思います。
 
 襟を正して生きていくことが少しは簡単になるでしょう。