マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

写真は見るものではない

 写真は、一般的には、

 ――見るもの

 と思われていますが――
 僕は、

 ――語るもの

 だと思っています。

 人は、何かを語る時に――
 写真を供覧しながら語ると――
 とても語りやすくなるのですね。

 その写真に関わることで、いま語るべきことが、次々と思い浮かんでくる――

 例えば、学会の発表などで――
 図や文のスライドが数多く出されるなか――
 たまに写真のスライドが出されると――
 口演者が、妙に饒舌に語り始める――
 なんていうことが――
 しばしば起こります。

 あるいは、カフェの談笑などで――
 いつも集まる同じメンバーなのに――
 誰かのアルバムを囲んで話す時には、なかなか話題が途切れない――
 などなど――

 写真は――
 時に、

 ――話題の泉

 となりうるのですね。

 それだけ、たくさんの情報を――
 写真は含んでいるということでしょう。

 ただし――
 ちょっと不思議なのは――

 そういう写真が無数に連なって映像に編まれると――
 ほとんどの場合、「話題の泉」とはならない――
 ということです。

 これは――
 また別の問題であろうと思いますが――

 なかなかに興味深い問題です。