ひと昔まえに――
居酒屋で耳を澄ませていたら、
――女の色気は、どこにあるか。
という話題で盛り上がっている集団の話が聞こえてきました。
――顔か、胸か、腰か、腕か、脚か。
云々――
男性だけでなく女性の声も混じっていました。
最初のうちは――
僕も面白がって聞き耳を立てていたのですが――
そのうちに、
(その話を突きつめると、かなり恥ずかしくなるぞ)
と思い当たりました。
色気というものは――
人の心が感じとっています。
人の心が感じとっているものは――
ヒトの脳が生み出しているものです。
ヒトの脳が生理的に働き続けることで――
その脳に宿っている心が感じ取るのですね。
よって――
酒を飲みながら、
――女の色気は、どこにあるか。顔か、胸か、腰か、腕か、脚か。
などという話をいったん始めてしまったら――
ひとしきり盛り上がったあとで、最終的には、
――色気は、自分自身の脳にある。
という事実に向き合わざるをえません。
――そんなの、詭弁だ!
と反発される向きもあるかもしれませんが――
この命題は、そう簡単には否定できません。
たしかに、色気の原因となる事物は――
普通は、目の前に――あなたの目の前に――にあるものですが――
色気それ自体は――
最終的には自分自身の脳にあります。
少なくとも、そう考えたほうが――
一見、不可解なことを、うまく説明できるのですね。
例えば――
人は、人形の体に色気を感じ取ることができます。
あるいは――
平面の紙に描かれた絵に、色気を感じ取ることができます。
あるいは――
記号の連なりである文章にさえ、色気を感じ取ることができます。
これらのことは――
色気が自分自身の脳にあると考えたら、容易に納得できますが――
自分自身の脳以外のどこか違うところにあると考えたら――
容易には納得できません。
例えば――
人形の体にある――
平面に描かれた絵にある――
記号の連なりである文章にさえある――
と考え始めたら――
そのあとで、
――では、それら体や絵や文章と色気とは、どんなふうに関わっているのか。
と問いを重ねていくと――
容易に納得できる答えを探し出すのは困難です。
……
……
話を元に戻しましょう。
酒の席で、
――女の色気は、どこにあるか。
と訊かれたら――
うっかり答えないほうが無難です。
何を、どのように答えても――
それは、あなた自身が作り上げた色気を供覧することにつながります。
供覧したいのなら――
思う存分に答えましょう。