少し疲れていて、集中力や注意力が散漫になっているくらいのほうが――
人は、合理的な判断を下しやすくなる――
という考え方があります。
裏を返すと――
まったく疲れていなくて、集中力や注意力が万全であるほうが――
かえって合理的な判断が難しくなる――
ということです。
ちょっと意外な気がしますが――
おそらくは――
疲労がまったく無く、集中力や注意力がみなぎっている人ほど、際限なく欲望を抱きやすくなる、ということでしょう――
あるいは、見栄に惑わされやすくなる、とか――
その集中力や注意力が好ましくない形で十全に発揮されてしまうのですね。
宗教家が、いわゆる修行によって、自分の心身を厳しく追い込もうとするのは――
あえて自分の心身を疲れさせ、集中力や注意力を散漫にすることで――
煩悩や虚栄心から自由になることを狙ったものかもしれません。
煩悩や虚栄心から自由になれれば――
人は、わりと容易に合理性を追求できるようになりますので――
もちろん、修行のやりすぎは逆効果であろうとは思いますが――