いわゆる“修羅場”の空気の凄惨さや壮絶さが何に由来するのか――
皆さん、お考えになったことは、あるでしょうか。
“修羅場”にも実は色々ありまして――
例えば、物理的な“修羅場”や社会的な“修羅場”などの様々なバリエーションが考えられます。
が――
単に「修羅場」といえば――
ふつうは心理的な“修羅場”を指すでしょう。
例えば――
浮気の現場をおさえられた“修羅場”とか――
うっかり浮気の現場をおさえてしまった“修羅場”とか――
たまたま浮気の現場に居合わせてしまった“修羅場”とか――
そんな“修羅場”の空気は、ほぼ例外なく凄惨で壮絶ですが――
いったい何が、そんな凄惨かつ壮絶な空気に変えているのでしょうか。
あらためて考えてみると――
なかなかに興味深い問いです。
ここでいう「空気」とは――
もちろん、「空気をよむ」の「空気」のことです。
つまり――
その場に居合わせた人たちが何となく共有している気分のことですね。
それは――
どんな気分でしょうか。
再び浮気を例にとりましょう。
浮気の現場をおさえられた人は不安や恐怖という感情を抱き――
浮気の現場をおさえてしまった人は驚愕や憤怒という感情を抱き――
たまたま浮気の現場に居合わせてしまった人は困惑や嫌悪といった感情を抱きます。
これら感情の土台を成すものが気分です。
が――
皆さん、不安や恐怖と驚愕や憤怒と困惑や嫌悪といった感情が、同じ土台に乗っていると思われますか。
不安や恐怖――
驚愕や憤怒――
困惑や嫌悪――
たしかに、どれも感情としてはネガティブである点が共通ですが――
そのネガティブの中身は、まったく違う――あるいは、かなり違う――といわざるをえません。
よって――
これら相異なる感情の土台が互いに調和するようなことは――
ちょっと期待できそうにもない――
喩えるならば――
スケート・リンクの氷上と走り幅跳びの着地の砂場とオートレース場の路面とが調和するようなものです。
このような甚だしい不調和に由来しているのが――
浮気の現場に代表されるような心理的な“修羅場”の空気の凄惨さや壮絶さではないか、と――
僕は考えております。
強烈な不調和は――
人を容易に怯ませるものです。