マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

聴診器は聴こえが悪くなるのではなく

 医師になって10年くらい経った頃に――

「聴診器は、いつごろ買い換えるのがいいんですか」
 と――
 20年ほど先輩の医師に訊いたことがあります。

 聴診器は――
 電子仕掛けの特殊な製品を除けば――
 とてもシンプルな造りをしていまして――

 簡単には壊れそうにないものです。

 実際――
 僕自身、学生時代に買ったものを、医師になってからも、ずっと使い続けておりました。

 もちろん――
 担当が精神科だったので、そんなに高頻度には使ってこなかった――
 ということも、あったでしょう。

 が――

 そのうちに――
 だんだん小さな傷がついたり細かな汚れがたまったりして――

 しだいに、
(大丈夫かな。聴き落としとか、してないかな)
 と心配になってきて――

 それで――
 その20年ほど先輩の医師に聴いてみたのです。

 そうしたら――

 ……

 ……

「壊れたら買い換える――それだけですよ」
 と――
 満面の笑みで答えて下さりました。

「え? 聴診器って壊れるんですか……」
 と、問い返すと――

「そりゃぁ長いこと使ってれば壊れますよ。高い聴診器も安い聴診器も、壊れるときは壊れる――一緒です」
 とのお返事――

「だんだん音の聴こえが悪くなってくるとかじゃなく、壊れるんですね?」

「聴こえが悪くなるということは、ないんじゃないですか。とくに気にしたことはありません」

「はぁ……」

 自分の聴診器を眺めながら、
(こんなシンプルな造りのものが、いったいどうなったら壊れるのか)
 と――
 その時は半信半疑であったのですが――

 ……

 ……

 先日――

 壊れました――
 僕の聴診器も――

 ……

 ……

 聴診器には、胸などに当てて音を聴きとる部位がありますが――

 その部位のプラスチック様の部品が一部劣化して割れて――
 その部品が固定していた他の部品も外れてしまい――

 その結果――
 たしかに、もう音は聴き取れないとすぐにわかる状態になってしまいました。

(なるほど……壊れるとは、こうしたことか)
 と――
 素直に納得です。

 ……

 ……

 聴診器というのは――
 だんだん聴こえが悪くなるのではなく――

 ある日、突然――
 壊れるのですね。