――お客様は神様です。
という句は――
もともとは、
――ステージの上で唄う歌手にとっては、聴衆である“お客様”は神様のような存在である。
という意味でした。
――歌手は、あたかも神前で唄うかのような気構えがなければ、ステージを務められない。
という含意です。
が――
昨今では、
――金銭を支払う顧客は、金銭を受け取る業者に対しては、あたかも神であるかのように振る舞ってよい。
という意味で用いられています。
――業者は、あたかも顧客に隷属するかのような気構えがなければ、よい業務を実践することはできない。
という含意です。
なぜ、こんな解離が生まれてしまったのか――
……
……
おそらく、
歌手 → 聴衆
の図式が、あまりにも特異的であったのに対し、
業者 → 顧客
の図式が、あまりにも普遍的であったことが――
災いしたのでしょう。
歌手のコンサートに聴衆として赴く機会は、そうは多くありません。
習慣的に赴く人は限られているでしょう。
歌手として生計を立てている人は、もっと限られています。
が、顧客として業者に尽くされる機会は、ありふれています。
そうした機会に触れたことのない人は皆無でしょう。
何らかの業者として生計を立てている人も、ぜんぜん珍しくありません。
――お客様は神様です。
の解離が生まれたのは――
おそらくは――
非常に特異的な図式が、それと相似の普遍的な図式に置き換わってしまった結果です。