マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

よくわからない薬をもっとよくわからない体に入れて――

 ――医者なんて誰でもできる。

 という笑い話があります。

 曰く、

 ――よくわからない薬をもっとよくわからない体に入れて病を治そうっていうんだから、誰でもできる仕事だよ。

 というのです。

 

 出典はわかりません。

 インターネットで調べてみましたが、ヒットしませんでした。

 

 ……

 

 ……

 

 この笑い話を僕が初めてきたのは――

 今から25年くらい前です。

 

 驚きました。

 (薬や体のことって、そんなにわかってないのか)

 と――

 

 実は――

 薬剤や医療の現実を少しは知っていました。

 

 母が薬剤師免許を、父が医師免許を持っておりまして――

 それなりに実情を聞かされていました。

 

 なので――

 薬や体のわかりにくさというものを、ある程度は知っていました。

 

 が――

 それでも――

 当時の僕は、驚いたのです。

 

 そんな笑い話が成り立つくらいの“わかりにくさ”があるとは――

 夢にも思っていませんでした。

 

 (認識が甘かった)

 といってよいと思います。

 

 ……

 

 ……

 

 おとといやきのうの『道草日記』で――

 僕は、

 ――最も薬らしい薬

 の話をしました。

 

 ――最も薬らしい薬は抗生物質であり、抗ウイルス薬ではない。

 という話です。

 

 ここでいう「薬」は――

 冒頭の笑い話で語られる「薬」と基本的には同じです。

 

 こういうと――

 抗生物質や抗ウイルス薬の専門家や感染症診療の専門家に怒られるかもしれません。

 

 たしかに、抗生物質や抗ウイルス薬の作用機序は、それなりに詳しくわかっています。

 また、感染症診療の理論や実践は、それなりに緻密な論理が豊富な経験によって裏打ちをされています。

 

 が――

 抗生物質や抗ウイルス薬は全ての患者に有効であるわけではありません。

 

 感染症診療の理論が見事に実践されても、一定の割合で、どうしても救えない命が出てきます。

 

 有効・無効は何に起因するのか――

 救える・救えないの境目はどこか――

 

 その答えは、残念ながら、人知を超えています。

 

 ――死ぬはずのない患者さんだった。

 とか、

 ――どうして救えたのか、わからない。

 とかいった声が少なからず聞こえてくる――

 それが、医療の現場です。

 

 ――よくわからない薬をもっとよくわからない体に入れて――

 という物いいには、

 ――しょせんは笑い話に過ぎない。

 で片付けることのできない真理が隠れています。

 

 現代科学が解き明かせていない謎は――

 人の体の中に、いくらでも残されています。

 

 現代科学の粋を集めて作り上げた薬剤を投入したところで――

 その後の振る舞いを完全に推し量ることはできません。

 

 つまり――

 どんなに優れた医師でも、体の仕組みをすべて知っているわけではなく、また、薬の作用や副作用をすべて知っているわけではないのです。

 

 ――よくわからない薬をもっとよくわからない体に入れて――

 というのは、真理の一面を突いています。