――メンデル(Mendel)の法則
を世に問うた19世紀オーストリアのキリスト教司祭グレゴール・ヨハン・メンデル(Gregor Johann Mendel)は、
――遺伝
には深い関心を寄せていなかったのではないか――
ということを、おとといの『道草日記』で述べました。
では――
何に深い関心を寄せていたかというと――
おそらく、
――遺伝を司っている数理
です。
メンデルは、エンドウ豆の形などに違いがあることに着目をし――
例えば、表面が丸みを帯びているものと皺(しわ)が寄っているものとがあって、これら形の相異なるエンドウ豆を互いに掛け合わせて人工的に子孫を作ると――
その子孫は全て丸みを帯びているものになり――
これら子孫をさらに互いに掛け合わせて人工的に子孫を作ると――
その子孫は、丸みの帯びているものと皺が寄っているものとが 3:1 の比率で出現をする――
ということを示しました。
この出現の比率について、
――なぜ 3:1 なのか。
というのが、
――遺伝を司っている数理
の一端です。
この比率について――
メンデルは、エンドウ豆に「丸みを帯びる」という情報をもたらす遺伝子と「皺が寄る」という情報をもたらす遺伝子とを考え、それら遺伝は、どういうわけか対を成しているように考えられること、また、すべてのエンドウ豆は「丸みを帯びる」の遺伝子か「皺が寄る」の遺伝子かのどちらかをもっていて、かつ、これら遺伝子を3つ以上はもっていないと考えられることを、示しました。
つまり――
すべてのエンドウ豆は、
1)「丸みを帯びる」の遺伝子だけを2つもっている
2)「丸みを帯びる」の遺伝子と「皺が寄る」の遺伝子とを1つずつもっている
3)「皺が寄る」の遺伝子だけを2つもっている
のいずれかであると考えたのです。
そして――
1)の場合は、丸みを帯びたエンドウ豆になり、3)の場合は皺が寄ったエンドウ豆になるだけではなくて――
2)の場合は、どういうわけか、丸みを帯びたエンドウ豆になることを示しました。
このことを前提に据えると――
丸みを帯びたエンドウ豆と皺が寄ったエンドウ豆とを掛け合わせて人工的に作った子孫は、すべて、2)であることが予想をされ――
これら子孫をやはり掛け合わせて人工的に作った子孫については、1)2)3)の比率が、単純な場合の数の計算から、
1:2:1
であることが予想をされ――
2)の場合は、どういうわけか、丸みを帯びることから――
丸みを帯びたエンドウ豆と皺が寄ったエンドウ豆との出現の比率は、
1+2:1
=3:1
である――
と結論づけられるのです。
これは、
――数理
と呼ぶには、あまりにも素朴にすぎるかもしれませんが――
本質的に、
――数理
であることは確かです。
むしろ――
数理としては、あまりにも素朴であったので――
専門の数学者ではなかったメンデルを虜にできたのではないか、と――
僕は思っています。