――積極的な中庸
というのは、
――最終の決定は常に人が下す。
という規則さえ設けていれば、
――神託(oracle)型
の人工知能でも十分に担える――
ということを、きのうの『道草日記』で述べました。
なぜ、そのようにいえるのか――
もう少し具体的に述べましょう。
――積極的な中庸
とは――
1月14日の『道草日記』で述べた通り、
愚かさ > 賢さ
ないし、
愚かさ < 賢さ
の傾向が感じられる知能が――
より低い方の性質を、より高い方の性質へ合わせることによって、
愚かさ ≒ 賢さ
の凡庸を装うことです。
ここでいう、
――より低い方の性質を、より高い方の性質へ合わせる。
ということは――
例えば、
愚かさ > 賢さ
の場合には、
――不足をしている「賢さ」を過剰である「愚かさ」の水準へ合わせる。
ということに相当をし――
それは、つまり、
――他者からの進言や提言を受け入れることによって、「賢さ」の不足を補う。
ということです。
よって――
この場合に、
――積極的な中庸
が求められる者は、
――神託型
の人工知能に対し、
――受け入れるべき進言や提言は、どれか。
を示させればよいことになります。
同様に、
愚かさ < 賢さ
の場合には、
――不足をしている「愚かさ」を過剰である「賢さ」の水準へ合わせる。
ということに相当をし――
それは、つまり、
――他者からの助言や諫言をあえて退けることによって、「愚かさ」の不足を補う。
ということです。
よって――
この場合に、
――積極的な中庸
が求められる者は、
――神託型
の人工知能に対し、
――あえて退けるべき助言や諫言は、どれか。
を示させればよいことになります。
――神託型
の人工知能にとって、
――受け入れるべき進言や提言は、どれか。
とか、
――あえて退けるべき助言や諫言は、どれか。
といった評価の出力は――
まさに、
――打ってつけ
といえます。