マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

小説と結婚した

 ときどき、

 ――人は何のために小説を読むのか?

 と疑問に思うことがあります。
 もちろん、

 ――楽しむため――

 という答えが多数派でしょう。

 それは、わかっています。

 では、どうすれば楽しめるのか。

     *

 僕は小説書きです。

 だからこそ、わからなくなるのかもしれません。

     *

 僕個人の話をすれば――
 小説は、いかなるものであっても楽しいのです。

 腰を落ち着けて読めれば、どんな小説でも楽しめます。

 もちろん、ときには楽しくない小説もありますよ。
 が、それらは楽しまれることを狙っていない小説でしょう。
 そこを理解すれば、それなりに楽しめる――そういうものです。

 こうした楽しみ方は小説書きに特有かもしれないと思うのです。

 小説書きは気楽です。
 どんな小説であっても楽しめます。
 小説を読んでいて何か気に入らないところがあっても、気にはなりません。

 ――自分で書くときは、こうしないなあ。

 などと思いながら読めるからです。

 小説書きでなければ、こうはいかないでしょう。
 何か気に入らないところがあったら、自然と読むのを止めてしまう。

 では――
 小説書きでない人が小説を楽しむためには、どうしたらいいのか。

 好きな小説と出会う――これしかないでしょう。
 つまり、

 ――人は、自分が好きな小説に出会うために小説を読む。

 ということです。

 何だか恋愛に似てなくもありませんね。

 ときどき、

 ――私、この小説が大好きで――

 と語ってくれる人がいます。
 目がキラキラと輝いています。多くの場合、小説書きではありません。

 おそらく、その人は――
 その小説に恋をし、生涯の愛を誓ったのでしょうね。
 つまり、

 ――小説と結婚した。

 ということです。

 こういう感覚は、小説書きには難しい――

 小説書きにとって、小説は子供のようなものです。
 自分が生んだ子供と片っ端から結婚していては、もちませんからね。