マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

「ありがとう」の響き

 ――ありがとう。

 と、

 ――ありがとうございます。

 と――
 どちらが、より丁寧な言葉かいえば――
 もちろん、

 ――ありがとうございます。

 のほうである。
 末尾に「ございます」がついているぶん、より丁寧といえる。

 が――
 どちらが、より難しい言葉かといえば、

 ――ありがとう。

 のほうだ。
「難しい」というのは、

 ――使いこなすのが難しい。

 という意味である。

 ――ありがとうございます。

 は、実は、そんなに難しくはない。
 例えば、コンビニエンス・ストアなどにいくとよい。
 中学を卒業したばかりのアルバイト高校生でも、

 ――ありがとうございました!

 と調子よく声を出す。

 ――ありがとう。

 では、そうはいかない。

 なまじ丁寧な言葉ではないから、難しいのだ。
 親しい間柄で使われる言葉だからこそ、難しい。

 例えば――
 夫が妻に向かって、

 ――ありがとう。

 息子が母親に向かって、

 ――ありがとう。

 いつも一緒の親友に向かって、

 ――ありがとう。

 なかなか、いえるものではない。

 そういえば――
 この言葉――
 たぶん、この国で最も使い慣れている人がいる。

 天皇陛下だ。

 今上天皇がスピーチで、

 ――ありがとうございます。

 と述べられたところを――
 僕は、きいたことがない。

 必ず、

 ――ありがとう。

 である。
 前後は全て丁寧語で固められているのに、なぜか「ありがとう」なのだ。
 そこだけは丁寧ではない。

 だから――
 昔から、
(ヘンなの)
 と思ったりしていたのだが――
 案外そうでもないのかもしれない。

「ありがとう」の響きは美しい。
 言葉を発する者に力みがなければ、なおさらだ。