突然だが――
僕は、官能小説が苦手である。
本当に苦手である。
*
――冒頭から何をいいだすか?
と、呆れる向きもあるだろうが――
まあ、少し、お付き合い願いたい。
*
とにかく――
僕は、官能小説が苦手なのだ。
その効用を十全に享受することは、おそらく、終生、無理である。
理由は簡単で――
官能小説では、作者が読者に、淫行の共犯を求めるからである。
淫行とは、精神の淫行だ。
官能小説を読み、その作者の催す淫媚な情景に、自身の胸襟を開くことをいう。
かかる淫行の共犯に付き合うのには――
それ相応の前段階が必要である。
いうまでもない。
――号泣する準備はできていた。
というのは、江國香織さんの小説のタイトルだが――
官能小説を味わうには、まさに、
――淫行する準備はできていた。
を必要とする。
かかる前段階を――
せっかくのことで調えるのだったら――
人様の作品には、目もくれたくない。
自分の作品に、邁進をする。
それが――
僕の官能小説が苦手な理由である。
官能小説を読む気分になったなら――
自分で官能小説を書いている。
そういうことだ。
だって――
人様と淫行を共犯するよりは――
気楽でしょう?