マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

辛島美登里さんのこと

 18の夏にファンレターを書いた。
 宛名は「辛島美登里様」としてあった。

 辛島さんは当時、ラジオ番組をもたれていて――
 その企画に寄せたものだった。

 異様な長文で、自分でさえ嫌気がさした。

 迷った挙句、結局、郵送することにしたのだが――
 おそらく、最後までお読みになってはおられまい。

 これが最初で最後の機会となった。
 以後、少なくとも手書きのファンレターを書こうと思ったことは一度もない。

 それから15年が経った。

     *

 東京・有楽町の帝国ホテルで、辛島さんのミニ・コンサートが開かれた。

 ――辛島美登里 Sweet Afternoon

 と題されていた。

 当初は妹を誘って行くつもりであったのだが――
 実家や嫁ぎ先の事情で来れないとわかり――
 友人の女性に代役をお願いした。

 披露宴会場のようなところに300人ほどの聴衆が集まった。
 ステージに現れた辛島さんは、CDやラジオで聴き知った辛島さんと少しも変わらなかった。

 自分は辛島さんの唄やお人柄が本当に好きなのだと、改めて感じ入った。

 驚いたのは、閉演後のことである。

 辛島さんは会場の出口の一番外側にお立ちになって、300人の聴衆の一人ひとりに丁寧に御挨拶をなさっていた。

 頭から水をかけられたような衝撃を受けた。

 それが、プロのエンターテイナーの心意気を示すものだったにせよ――元来のお人柄から自然と滲み出たものであったにせよ――
 それは、僕の予想を遥かに超えたお心遣いであった。

 小説家を志す身としても、ただの一ファンの身としても、平静ではいられなくなった。

 すぐに、僕らの番が回ってきた。

 僕の口から飛び出た言葉は、

 ――感服いたしました。

 である。

(それはないだろう!)
 と思ったし――
 今も思っている。

 もっと他に御挨拶申し上げるべきことが、あったはずである。

 何しろ、あの辛島美登里が目の前に立っているのだから!

「感服?」
 辛島さんは、少し困ったような、照れたような笑みをこぼされながら――
 自然な間合いで両手を差し出され、握手をお求め下さった。

 そこには、CDやラジオで聴き知った辛島さんとは少し違う辛島さんが、立っておられた。