中学生だった頃――
たしか小説の中でだったと思うのですが、
――4月は満員電車が窮屈になる。新入生や新入社員が満員電車の秩序を、まだ理解していないからだ。
といった主張をみつけまして、
(大げさな……)
と思ったことがあります。
(なんだよ、満員電車の秩序って……)
と――
その頃の僕は、毎日、歩いて学校に通っていました。
満員電車なんて、ただ頭で想像するだけでした。
たしかに、あるのですよね、満員電車の秩序というものが――
人間の慣れの習性といいますか適応の力といいますか、そういった性質には、度々、驚かされます。
僕が生まれて初めて本格的な満員電車に乗ったのは、18の春でした。
初めて東京で暮らすことになった年です。
降りる駅が近づいているのに、ゼンゼン扉の方へ近寄れなくて――
いよいよ焦って、
「降ります! 降ります!」
と連呼していたら、
「大丈夫だよ。(この駅では)みんな降りるから――」
と優しく笑った男性がいました。
50代くらいの人でしたかね。
朝の満員電車の中で、
――降ります!
って連呼している若造の存在は、多分にウザったかったに違いないのですが、
――大丈夫だよ。
と笑って声をかけるには、優しい気質の他に、満員電車の秩序を熟知しておく必要があったはずです。
満員電車の秩序とは何か。
なかなか言葉で説明をするのは難しいのですが――
一言でいえば、
――人の流れ
ですね。
人の動きが流れを作っており――
その流れが、ある時、ある場所で、急速に流れたり、瞬時に滞ったりするのです。
その流れの有り様を乱さぬように――
ときには流れを避け、ときには流れに乗って――
そうやって流れとの間合いをつかむことが、満員電車の秩序を熟知するということです。
一番やってはいけないことは――
流れに逆らうこと――
逆らっても、満足に逆らえないばかりか――(笑
既存の流れを大いに乱すので、他の人たちに思わぬ迷惑をかけてしまうのですね。
――降ります!
の連呼も、そうした迷惑行為の1つであったわけです。
初めての時間帯に、初めての駅へ行くときは、人の流れがよめません。
そういうときは、
(ここで降りられなかったら、次の駅で降りて引き返してきてもいい)
くらいに思っていればよいのです。
都内などでは数分おきに列車が走っていますから――
大したロスにはならないのですね。
もちろん、ロスを見越して、ある程度、時間に余裕をもって出かけることにはなりますが――