僕は車を、自宅から歩いて20分くらいの距離の駐車場に停めているのですが――
なんで、そんなところに停めているのかといいますと――
その駐車場が、昔、通っていた大学の近くだからです(笑
大学を去った後も、片道20分の距離を歩くことが健康には良い、と思い定めーー
結局、大学を去って4年が経つ今も、片道20分の距離を頻繁に行き来しています。
たしかに、健康には良いようです。
かなり主観的な見解ですが――(笑
で――
今日は、その話したいのではなく――
*
夕方、まだ日が高かった頃に――
いつものように仕事を終え、僕は車を置きに駐車場へ戻ってきました。
が――
なぜか僕の駐車スペースには大きなセダンが停まっていたのです。
みると――
50代くらいの男女2人が、助手席のドアを開け、ダッシュボードの下の方に、代る代るに頭をつけてキョロキョロしています。
男性は、すぐに僕の到着に気付き、車を移動させて場所を明けてくれました。
その対応が洗練されていたので、とくに悪い印象を受けることもなく――
むしろ、
(どうしたんだろ? 何かトラブルかな?)
と、かなり同情的な気持ちになりました。
男性は、僕の駐車スペースの隣の隣に車を停めました。
それを傍らで待っていた女性は、車が停まると、すぐに助手席のドアを開けて、再び、ダッシュボードの下の方に頭をつけ始めました。
僕は、どうせ家に帰るまで20分も歩かなければなりませんし、家に帰ったところで何も用事はありませんでしたから――
車を停めて外に出ると、その男女に躊躇なく話しかけました。
「どうか、されましたか?」
女性が答えました。
「仔猫が助手席の下に入り込んじゃって、出てこないんですよ」
「仔猫?」
「奥の方に入り込んじゃって――」
「ダッシュボードの下ですか?」
「ここに隙間があって、奥に逃げ込んじゃったみたいなんです」
たしかに、ダッシュボードの下の方には、隙間らしき空間があるようにもみえました。
が、ハッキリとはみえません。
「ずいぶん狭い隙間のようですけど……」
「ちっちゃい仔猫だったんで、たぶん入っていけたんだと思います」
「そんなに小さかったんですか?」
「小さかったですよ。これくらいです」
女性が手で示した大きさは、10~20cmでした。
その後、3人で10分くらい待っていたのですが――
仔猫の鳴き声一つ聞こえることもなく――
その間、ちょっと雑談をしました。
仔猫は弱っていたということ――
仙台の大通りで横たわっていたところを連れてきたということ――
が、怪我などはなく、世話をすれば、すぐに元気になりそうだったこと――
などを話してくれました。
ところで――
車のナンバーは「八戸」だったのですね。
「八戸からいらしてるんですか?」
と訊くと、
「いいえ。私は、この近くに住んでるんです」
と、女性――
「これ、会社の車なんです。いま借りてるんですよ」
と男性――
借り物なので、車の構造を細かく把握しているわけではなく、
「本当に隙間があるかな」
男性は終始、首を傾げていました。
2人とも猫好きで、仔猫のためなら費用を惜しまない気がしたので、
「いっそ、JAFさん呼んじゃったほうが早いかもしれませんよ」
と、僕がいうと――
男性は女性に――
「JAF入ってる?」
「いいえ。あなたは?」
「入ってない」
そのとき、初めて、
(あ。夫婦じゃないんだ)
と思い当たりましたよ。
一見、50代くらいの男女でしたから、つい夫婦と決めてかかってしまったのですが――
もしかしたら、男性は、もう少し年配で、女性は、もう少し若かったのかもしれません。
例えば、60代&40代の不倫カップルだったとか――
男性は、仙台に女性を住まわせつつ、実は八戸で別に家庭を持っている、とか――
いずれにせよ――
男性の言動は如才なく、立ち居振る舞いがスマートであったので、
(こういう男性なら、2人以上の女性の心を同時に掴むくらい、簡単そうだ)
と感じさせられました。
「一晩たったら仔猫も元気になって、何喰わぬ顔で出てくるかもしれませんよ」
と、僕がいうと、
「今日は、もう諦めよう」
男性は女性を諭し始めます。
最後は女性も納得し、トランクから荷物を取り出しました。
また、男性は車に乗って、すぐに――たぶん八戸に向けて――出発です。
そのとき、ちょっと驚いたのは――
出発の際に、男性は、もう2度と会うことはないであろう僕に向かって、深々と頭を下げたのです。
「もてる男」の神髄を観た気がしました。
とかいっていて――
実は不倫カップルでもなんでもなく、ただの親戚同士だったりして――(笑
そういえば――
女性は、やけに黒っぽい服をきていましたよ。
あれ、喪服だったのかな。
ただの法事の帰りだったのかも――