マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

顔や仕草で歌っている

 昨夜、NHKの『SONGS』という番組で――
 歌手の石川セリさんが出演されていました。

 石川さんは、1972年にデビューされ、モデルとしても活躍――
八月の濡れた砂』や『SEXY』などのナンバーが知られています。

 井上陽水さんの奥さんとしても有名です。

 が、実をいうと――
 僕は、石川さんのことをよく知りませんでした。

 徳永英明さんが、アルバム『VOCALIST』でカバーされている『ダンスはうまく踊れない』という唄が気になって――
 そのオリジナル・バージョンを歌われたのが石川さんであったと、あとで知ったのです。

 実際には「オリジナル・バージョン」どころではないそうですよ。
『ダンスはうまく踊れない』は、夫になる前の井上さんが、石川さんの気を引くために、ご本人の目の前で、30分くらいで作った唄なのだそうです。
 たぶん、石川さん御自身が、この唄のオリジンなのです。

 ことの真偽はともかく――
 たしかに、そんな出自があったとしても不思議のない唄で、詞と旋律とが自然に融和された傑作だと思います。

 ですから――
 僕は『SONGS』での石川さんの歌唱を、かなり楽しみにしていたのですが――
 番組が始まってすぐに、
(あれ?)
 と思ったのです。

 お声が信じられないくらいに小さい――

(どうしたの? これって、プロとしてはマズいんじゃないの?)
 と感じるくらいに、細い声――しかも掠(かす)れている――

 理由は、番組の後半で明かされました。

 石川さんは4年ほど前に大動脈解離を患われていたのです。

 大動脈解離は重病です。
 体の中心を走る大血管の壁が裂けてしまいます。

 緊急の大手術の末に、やっとの思いで回復されたに違いありません。

 大動脈解離の手術は、通常、胸部の奥深くで行われますから――
 その影響で声量に影響が出るのは、やむを得ません。

 そう思い直し、石川さんがTVの画面の中で歌われる御様子をみていると――
 それが、決してプロフェッショナルの域に達していないわけではないことに気づきました。

 石川さんは、声ではなく、顔や仕草で歌っておられたのです。
 声が細くて掠れていても、顔や仕草が、唄の情感を補って余りある――むしろ、顔や仕草による演技が、細くて掠れた声を際立たせている――

 考えてみれば――
 詞を伝えるのに、顔や仕草を使っていけないわけがありませんよね。

 石川さんの歌唱は、誰にも真似のできない域に達していたといってよいでしょう。
 すなわち、プロフェッショナルの域に達していたといってよいのです。