俳優の緒形拳さんが亡くなりました。
一昨日のことだそうです。
5年ほど前から、肝がんを患っておられたといいます。
が、そのことが大きく報道されることはなく――
訃報は、まったくの突然でした。
――ええ? なんで?
と驚いた人も、多かったことでしょう。
僕もそうです。
実際、ドラマの制作発表の場に顔を出されたのは、つい先日のことでした。
*
緒形さんというと――
僕が真っ先に思い出すのは、実は、映画やドラマのお芝居ではないのですね。
NHK特集『大黄河』のナレーションなのです。
『大黄河』は、1980年代に放映された紀行番組で、中国・黄河流域の地理や歴史が、当時の現地の映像によって綴られていました。
緒形さんの朴訥とした語り口は、黄河の悠久の流れに、よくマッチしていました。
その語り口は、『大黄河』の前身であるNHK特集『シルクロード』でナレーションを務められた石坂浩二さんの語り口を参考にされたのだと思いますが――
石坂さんのナレーションは、
――いかにも朗読
という感じであったのに対し――
緒形さんの語り口は、それとは少し違ったのです。
石坂さんの朗々とした声は、それだけで独立の芸事になっていましたが――
緒形さんの殷々とした声は、原稿を読んでいるときの緒形さんの表情を想像させずにはおかないものでした。
俳優の津川雅彦さんは、緒形さんの親友で――
一昨日の臨終の床にも立ち合ったそうです。
その後、記者団に囲まれ、
――歌舞伎役者のように虚空を見つめて逝った。
と述懐されています。
――カッコいい最期だった。
とも――
津川さんによれば、緒形さんは最期まで役者であろうとされたのですね。
「最期まで」と述べましたが――
実際には「いつでも」が正しいのでしょう。
死に至る瞬間でさえ、そうだったのですから、カメラの前や舞台の上だけでなく、日常の些細な間に至るまで――
役者であろうとされていたに違いありません。
ということは――
当然、『大黄河』のナレーションを務められたときも、役者であろうとされていたに違いなく――
最期は歌舞伎役者として逝かれたようですが――
『大黄河』のナレーションのときは、どうだったのでしょうか。
簡単には答えは出せませんが――
というか――
出したくありませんが――
……
……
詩人……かな。
『大黄河』で原稿を読まれていた緒形さんは――
詩人某に成り切っておられたような気がします。
その詩人としての顔を、ぜひ、みておきたかったと感じます。