人は、自分が本当に美(よ)いと思うものに触れたときには――
なぜか、自然と涙を流すものですよね。
「美いもの」というのは――
何でもよいのですよ。
歌声であったり、言葉であったり――
音色であったり、楽曲であったり――
仕草であったり、演舞であったり――
色彩であったり、具象であったり――
涙が流れるということは――
心が裸にされるということでありましょう。
心の纏(まと)う様々な衣装が剥ぎ取られ――
人は、涙を流すのです。
心の衣の剥かれること自体が、涙につながるのではありません。
心の衣は、心が自由に振る舞うことを妨げているのです。
心の衣が消えてなくなって――
心が自由に振る舞えるようになって――
人は、涙を流します。
つまり――
人が、何か美いものに触れて涙を流したときには――
その涙が流れる遥か以前に――
その人は、涙を流して然るべきであったとみるのがよいのです。
劇場や画廊などで嗚咽をもらしている人は――
その場では、ただ、きっかけをもらっただけにすぎないのです。