荒野の砂塵に段平(大刀)を振りかざす巨漢の男は、類人猿様の異形の種族たちと切り結ぶ――
が、その巨漢の男こそが、実は異形の最たるものであった――何しろ、その頭が豹だというのだから――
こんな物語を――
今から30年前に紡ぎ始めた作家の栗本薫さんが――
昨日、都内の病院で亡くなったそうです。
56歳でいらっしゃりました。
豹頭の男の物語は『グイン・サーガ』といって――
現在、126巻まで刊行されています。
一人の作家が描いた小説としては、おそらく世界最長でしょう。
僕は14歳の頃に、この物語を知って、衝撃を受けました。
『グイン・サーガ』は、いわゆる剣や魔法の物語なのですが――
衝撃を受けたのは、そのことではなく――
作家が、こんなに重厚な架空の歴史を一人で構築できるのか、ということにでした。
『平家物語』や『三国志』といった歴史物語が好きだった僕には――
架空の歴史の物語というのは夢にも思っていなかったジャンルです。
以後、田中芳樹さんらの架空歴史小説を読みあさることで――
このジャンルの醍醐味を徐々に相対化するようになり、また、その限界にも気づくようになります。
が――
栗本薫さんの『グイン・サーガ』は、そうした醍醐味の相対化や限界への気付きが全くない時期に読み始めたこともあって――
衝撃が、今も胸の奥底に滾(たぎ)っております。
だから――
僕にとっての栗本さんは、あくまでも「栗本薫」のことでして――
何のことかいいますと――
栗本さんは「中島梓」の筆名で評論も多数お書きになっていて――
そちらの実績も大変に優れているものですから――
訃報を「中島梓」の筆名で伝えた報道機関があるのです。
一昨年から膵臓がんを患っておられたそうです。
相手が悪かったのですね。
膵臓がんは早期発見が難しく、しかも転移を起こしやすい――現代医療の治療成績も芳(かんば)しくありません。
20年ほど前には乳がんを患っておられます。
そちらは見事に克服されましたから――
今回も強い信念をもって療養にあたられたと思いますが――
もう「相手が悪かった」としか、いいようがないのですね。
が――
とても残念なことに――
僕は、栗本さんの膵臓がんのことを、全く知りませんでした。
今日になって知りました。
訃報は、あまりにも突然でした。
『グイン・サーガ』は未完のままだそうです。
129巻までは刊行されるそうですが――
栗本さんが亡くなった以上、それは永遠に終わらない物語となりました。
が――
それは栗本さんの本意であったかもしれません。
まだ、『グイン・サーガ』が20~30巻だった頃に――
こんな一文をお書きだったと記憶しております。
――いつまでも終わらない物語が理想だと思っている。