マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

殺された6万人の中の誰かの視点に

 先週の火曜日の深夜にTVをつけていたら――
 何とも異色のバラエティ番組がやっていました。

 NHKの『名将の采配』という番組です。
 古今東西の戦場での激的な場面を、バラエティ仕立てで面白おかしく紹介する――というのが、番組のコンセプトのようです。

 その夜のテーマは、カンナエの戦い(カンネーの戦い)でした。

 古代ローマの共和政中期――いわゆる第2次ポエニ戦争で激戦となった戦いの1つで――
 カルタゴの将軍ハンニバルがローマの執政官らによって率いられた軍勢を殲滅した戦いです。

 戦史上、大変に有名な戦いで――
 今でも軍事教育の教材にされるといいます。

 だから――
 面白おかしく紹介する価値がないとはいいませんが――

 でも――
 番組の進行がバラエティ仕立てだったところに違和感を覚えました。

 スタジオに設えれたジオラマを前に、タレントの若い女性が、

 ――やっつけちゃえ~。

 などといってのける雰囲気は、キツかった――

 たとえ、戦史上、大変に有名な戦いであっても――
 また、軍事教育の教材に使われる戦いであっても――
 しょせん、その時その場で行われたことは大量殺人なのであって――
 ハンニバルら「名将」が行っていたことは、そうした殺人の組織化でした。

 そうした戦争の負の部分が無視された演出は――
 少なくとも僕にとっては――
 心地のよいものではありませんでした。

 僕ら現代人が、カンナエの戦いから学ぶべきことは、本当にハンニバルの卓越した用兵術なのでしょうか。

 ローマ軍は、この戦いに8万人が参加し――
 6万人が戦死し、1万人が捕虜になったといいます。
 しかも、その間、わずかに1日――

 古代の戦争で、4人に3人が戦死するというのは異例でしょう。
 しかも、たった1日の間に――

 なぜ、こんな惨劇になったのか。

 そこから学ぶべきことのほうが、はるかに現代人に有益であるように思えます。

 古代ローマの歴史について、僕は詳しくは知りませんが――
 カンナエの戦いでローマ軍が壊滅した理由の多くは、軍を率いた2名の執政官の浅慮や緊急時の統率の乱れに起因するように思えます。

 2名の執政官は実戦経験が乏しかったにもかかわらず――
 感情に突き動かされ、先任者の諌言を退け、確固たる勝算もなく、真正直な攻勢に出たようです。

 それを実戦経験の豊かなハンニバルによって巧みに防がれ――
 逆に窮地に追い込まれると、兵士たちが浮き足立ち、混乱を収めることができずに、組織的な抵抗ができませんでした。

 もしかすると――
 混乱を治める術すら、知らなかったのかもしれません。

 プロ野球の野村監督が好んで用いておられる言葉に、

 ――勝負に不思議な勝ちあり。されど不思議な負けなし。

 というのがあります。
 教訓は、勝った側からではなく、負けた側から得られるものです。

 1日に6万人が殺される事態は起こらないに越したことはないのだが、起こってしまったものは仕方がない――そこから学べることは、できるだけ学んでおこう――
 そういう発想なら、十分に付いていけるのですが――
「やっつけちゃえ~」ではね(苦笑

 まあ――
 番組の制作サイドにも言い分はあるでしょう。

 ――ゲームとして割り切っているにすぎない。

 とかね。

 たしかに――
 おそらく生物種としてのヒトには、戦争という名の殺戮のゲーム性を楽しむ習性が、備わっているのです。

「やっつけちゃえ~」と割り切れるからこそ――
 今日の生物種としての繁栄があるのかもしれません。

 が――
 ハンニバルの視点に立つから「やっつけちゃえ~」となるわけで――
 殺された6万人の中の誰かの視点に立つならば、そんなふうに割り切ることは難しいでしょう。