マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

愛は、どちらかというと

 ――愛

 は執着を生むので、厄介なのですよね。

「愛」というと、何だかヒドく崇高な心理のように思われますが――
 対象に関心を抱き続けているだけの場合は、単なる愛着です。

 愛着は、度を越すと執着に変わります。

 愛着を抑制しながら、愛を抱き続けることができるならば――
 愛は、たしかに崇高な心理になるといってよいでしょう。

 つまり――
 愛着を抑制し続けるということは、無私の心をもつということですね。

 人の執着の源は、おそらくは我欲です。

 ――オレが、オレが!

 とか、

 ――アタシ、アタシ!

 とかいうヤツですね。
 自己顕示欲と言い換えてもいい――

 だから――
 自分自身を突き放し、自己顕示を戒めて――
 我欲の念を冷徹に斬る――

 その高みに至って初めて、愛は崇高な心理になりうると思います。

 愛それ自体は、どちらかというと下等な心理でしょう。
「下等な」が少しキツすぎるならば、「原始的な」とか「初等的な」とかに言い換えておきます。