マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

旅の素顔は旅の終わりや始まりに

 きのうの『道草日記』で、

 ――旅の本質は日常からの離脱だ。

 と述べましたが――
 その4日前の『道草日記』では、

 ――物事の本質を伝えるには、その物事の変化を伝えればよい。

 と述べていました。
 例えば、恋愛の本質について伝えたければ、恋愛が始まる瞬間や終わる瞬間について伝えればよい、と――

 旅についても、同じことがいえるでしょう。

 すなわち――
 旅の本質について伝えたければ、旅に出る瞬間や旅から帰る瞬間について伝えればよい、と――

 人が旅に出るときに何が起こっているのか――
 人が旅から帰るときに何が起こっているのか――
 それを考えたときに、「旅が日常からの離脱」であることは自明のことのように感じられます。

 旅に出るには、普段の暮らしを中断しなければなりません。
 旅から帰れば、普段の暮らしに、また戻っていかなければなりません。

 旅は、その始まりや終わりのときに、素顔を覗かせます。