夜の11時近くに、お寿司屋さんの前を通ったら――
大将と思しき男性が、軒先に立って、腕組みをしながら、心配そうに何かを見つめていました。
どうも繁華街のほうをみているようです。
そのお寿司屋さんはバス通りに面してはいるのですが――
賑やかな路地からは少し離れていて、静かなたたずまいです。
どうやら、なじみのお客さんを待っていたようですよ。
予約を入れたのに、約束の時間に来なかったのでしょうか。
軒先まで出てきていたのは、しびれをきらしてのことかもしれません。
それで思い出したことがあります。
以前――
何度か入ったことにある懐石料理屋さんに、ぶらっと立ち寄ったことがあります。
それまでは予約を入れてから行っていたのですが、その日は身内だけで食べるつもりだったので、
(そうだ。あそこにしよう!)
と、思いつきで入ったのです。
そうしたら――
女将さんらしき人が急ぎ足で出てこられて、
「ああ、よかった。○○さまでいらっしゃりますね?」
と、僕らでない名をおっしゃるのです。
「いいえ」
と答えると、
「ああ~、そうでしたか~」
とガッカリされる――
理由を問うと、
「きょうは貸し切りの予約が入っているのですが、約束の時間になっても、どなたもいらっしゃらないんです」
とおっしゃる――
貸し切りの料理を準備するだけで、たぶん相当な金額が吹っ飛んでいますよね。
それが一銭も回収できなかったら大変です。
女将さんが血相を変えておられたのは当然のことでした。
あとから出てこられた大将に向かって、
「せっかくだから、この方たちをお入れする?」
と、女将さんはおっしゃりました。
が――
「そんなこと、できるか」
と大将――
――もし予約のお客さんが遅れていらしたら、どうしようもないではないか。
ということでした。
たしかに、その通りですよね。
このときのお二人の苦渋のお顔が目に焼き付いています。
予約を入れたら、入れた側にも責任が生じる、ということを痛感しました。