物語という芸術形式が最も扱い易い主題は――
人の心の“二律背反”的な動きではないかと思っています。
例えば――
好きなのに嫌い――
憎いのに愛おしい――
抱きたいのに殺したい――
嬲りたいのに慈しみたい――
挙げたらキリがありません。
これらは――
もう、どうしようもなく二律背反ですよね。
――ありえんだろ!
と叫びたくなるくらいの滅茶苦茶な矛盾です。
でも――
こうした“二律背反”的な人の心の動きが、物語にうねりを与えるのですよね。
物語の受け手を、
――これは、いったい何なんだ?
と惑わせる――呆れさせる――
物語は説明ではないのですよ。
提示なのです。
ただ、みせるだけ――
どうしようもない不合理――
論理の徹底した破綻――
それを、ただ示してみせるだけ――
ただ、それだけでも――
物語は成り立ちえます。
もちろん――
不合理の不合理たる所以――
論理が徹底して破綻している様子――
それらを、つぶさにかつあきらかに描いてみせる必要はありますが――
人の心の“二律背反”的な動きをこそ――
物語で扱うのがよいと感じています。