マル太の『道草日記』

ほぼ毎日更新――

鎮魂は、実質的には、生者のために

 震災後しばらくたってから――
 いわゆる死者の鎮魂について、2つの意見が鋭く対立していたように思います。

 2つの意見とは、

 ――生き残った人たちのことよりも、亡くなった人たちのことをきちんと弔うことが大切である。

 という意見と、

 ――亡くなった人たちのことよりも、生き残った人たちのことを優先するべきである。

 という意見とです。

 どちらに理があるでしょうか。

 実は、これらの意見――
 よく考えると、そんなに深刻に対立しているわけではないのですね。

 鎮魂は死者のために行うものと思われがちですが――
 それは、名目上のことです。

 鎮魂は、実質的には、生者のために行うものです。
 死者を丁寧に見送ることで初めて、生者は心の安寧を得ると考えられます。

 よって、これら2つの意見の対立点は、

 ――死者のためか? 生者のためか?

 にあるのではなく、

 ――現在の生者のおかれている状況に、死者の鎮魂を行えるだけのゆとりがあるのか? ないのか?

 です。

 亡くなった人たちをきちんと弔う気持ちになれない人たちに、それを強要するのは、意味のないことです。
 亡くなった人たちをきちんと弔えずにいる人たちに、その機会を与えないでいるのは、無益なことです。