小説の文の中で――
登場人物の台詞は、格別な効果をもたらします。
ずっと地の文で自然風景や社会情勢の描写などが続くときに――
ふと、主人公とおぼしき登場人物の語る言葉が鍵カッコ付きで現れると――
読者は、ほっと安堵をしたような気持ちになれます。
おそらくは――
そこに、生身の人の温(ぬく)もりが感じられるからでしょう。
例えば、
――けさは、だいぶ気分がよいようだ。
といった言葉が、鍵カッコ付きで現れると――
読者は、
(おや?)
と思うわけです。
(そうか。この登場人物は、きのうまでは気分が悪かったのだな)
とか――
(ひょっとして、重い病気でも患っているのかな)
とか――
さらにいえば――
「けさは、だいぶ気分がよいようだ」のあとに「ありがとう」という言葉が付け足されていたりすると――
つまり、
――けさは、だいぶ気分がよいようだ。ありがとう。
といった言葉が、鍵カッコ付きで現れると――
読者は、もっと活き活きとした関心をもって、
(おや?)
と思うのです。
(いったい誰にお礼をいっているのだろうか)
とか――
(相手は家族だろうか。友人だろうか。恋人だろうか。秘書だろうか。従者だろうか。戦友だろうか。旅の道づれだろうか)
とか――
小説の文の中では――
鍵カッコ付きの言葉が魔法の威力を放ちうるのです。