薬のことを、
――お薬
といいますね。
例えば、きょう、
――病院でもらってきたお薬だよ。
などという――
なぜ「お」をつけるのか――
例えば、「車」に「お」をつけ、「お車」とすれば――
その車の所有者なり使用者なりへの敬意を意味します。
よって――
お薬も、それを処方した医師などへの敬意かと思いきや――
ほかならぬ医師自身が、
――お薬、出しておきますね。
などといったりします。
ということは――
「お薬」の「お」は純然たる「薬」への“敬意”ではないか、と――
僕は思うのです。
長い人類の歴史の中で――
薬剤が今日のように種・量ともに豊富に出まわるようになったのは、つい最近のことです。
人類の歴史の大部分では、現代の医師が日々わけもなく処方している薬がなくて――
数えきれない数の患者が命を落としていきました。
そうした過酷な医学史を振り返るときに、「薬」には自然と「お」をつけたくなります。
そして、そのことは――
たぶん、わざわざ医学史などを振り返らなくても――
多くの人々が、無意識に本能でかぎとっています。