ヒトの体は、たった一個の巨大細胞である受精卵が分裂を繰り返すことによって、生じます。
受精卵が分裂を繰り返し、増殖し――
そうやって増えていった細胞が、ある一定の秩序を保ったうえで、筋や骨や神経や臓器などの特定の形態や機能に変化していくことで――
ヒトの体が生じます。
受精卵を頂点とするピラミッドのようなものを想像していただき――
その頂点から底面に下っていくにしたがって、ヒトの体が成り立っていく――
というのが、わかりやすい比喩であろうと思います。
大切なことは――
その“ピラミッド”の底面では、個々の“石材”が実に精緻に組織立っている――
ということです。
おそらくは底面だけではありません。
その“ピラミッド”のいかなる階層でも、人類の英知を遥かに凌駕する秩序が存在しているに違いないのです。
つまり――
その“ピラミッド”の頂点から底面までを丹念に俯瞰すれば――
それは、実に壮麗な“建造物”といえましょう。
ここで決して忘れられないことは――
この“建造物”は人類が自らの手で真に建造したものではなく――
たった一つの頂点の“石材”から自然発生しているものであり、その魔法のような自然発生の原理については、人類は、ほとんど何も知らないに等しい――
という現実です。
いわゆるiPS細胞の技術は――
その“ピラミッド”の底面の“石材”を、頂点ないし頂点直近の“石材”として生まれ変わらせる、というものです――頂点の“石材”から、なぜ“ピラミッド”が発生するのかを、十分には理解していないにもかかわらず――
iPS細胞の技術を臨床へ応用し、再生医療を確立しようという発想は――
この“ピラミッド”の魔法を魔法のままで借用しよう、というものにあたります。
その発想は――
例えば、難病に苦しみながら再生医療に望みをつないでいる人たちのお気持ちを考えれば、きわめて自然ではあるのですが――
やはり、どうしても気になってしまうのですね。
――魔法を魔法のままで――
の側面が――
何となく薄気味わるい……。
逸る気持ちはわかりますが――
でも――
ここは、いったん気持ちを落ち着けて――
まずは、その魔法の原理を解明するために、iPS細胞の技術を活用するのがよいのではないかと感じています――
それが、人類にとっての分相応な道ではないか、と――
原理を十分に解明することができたなら――
それは、もはや魔法ではないのです。
――十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない。
とは、20世紀を代表するSF作家アーサー・C・クラークの言葉ですが――
これを踏まえ、
――原理が十分に解明された魔法は、科学技術と見分けがつかない。
といっても――
たぶん差し支えはないでしょう。